多分、テキスト感を楽しむ作品。どういう物語なのか裏を探りながら読むのではなく、押し寄せるテキストの嵐を真正面から浴び続けるのがこのゲームの味わい方なのだろうと思う。『電波ゲー』と評されているものの文章自体はとても読みやすく、内容から見て分量も適度。結構痛烈に人間の弱さを突いて来るので、心が参っている人はプレイ回避を推奨。
この界隈ではあまりに有名なCRAFTWORKさんの『さよならを教えて』。つい先日プレイする運びとなったので、難しい考察などは抜きに雑感を少しだけ。
結構特殊なプレイ感だったのですが、イメージに反してテキストが読みやすく、また程よい長さということもあり一切集中が切れずに読破出来た作品でした。
導入からしてただの教育実習生が過ごす日々を追った作品ではないとすぐにわかるのですが、終わった今考えると「これはどういうことだろう?」と探りながら読んでしまったのはちょっと勿体なかったかなという印象。
何も考えず、出されたテキストをそのまま受け取って読み進めるのが恐らく一番この作品には適した向き合い方なのではないかなと感じました。
・ストーリーについて
心を病んで精神的におかしくなってしまった男が見る世界と世界の顛末、という感じなのでしょうか。
細かい設定の真実はマスクされていますが中盤からは何がどういうことなのかは大体誰でも予想がつくでしょうから、大どんでん返しのようなストーリーの種明かしがメインの作品ではないのだと思います。
むしろこの作品の醍醐味はきっとそのテキストそのもの。
『電波ゲー』と聞いてかなり身構えてプレイを始めたのですが、やればやるほどすんなり読みやすい文章で良い意味で裏切られる結果に。
もう最初から何言ってんのかわからないような、もっと『電波』な作品を過去にプレイしたことがあったので比べるとその辺りは全然、という感じ。もちろん何もかもの意味をちゃんと把握出来るという意味合いではありませんが。
この読みやすく軽快でそれでいて異常な言葉の羅列は「理解できるんだけど理解できない」という不思議な感触を生み、これをひたすら浴びながら読み進める体験は他ではなかなか味わえない感覚でした。
・主人公について
私が本作でフィーチャーしたいのは主人公人見の人間性。
彼は根っからの狂人ではなく、単に神経質で酷く真面目なだけなのだということ。うまくいかない理想と現実の狭間でどうにもならず心を壊していってしまったただの男なのだと。
実はこの手のタイプは日本人には特に多いなんて話も聞きますね。うまく心のバランスを取れずに精神を病んでいってしまった人がいるというのはまま聞く話です。
言い換えれば誰でも彼のようになりえる、ということ。決して理解不能で遠い世界の話ではなく、実は日常のすぐ隣にある話。…うまくいかない現実に折り合いをつけて生きていくことのなんと難しいことか。良い加減に生きられれば誰も苦労しないよなぁなんて、思わず彼の心理に同調してしまった人も少なくはないのではないでしょうか。
また、どのルートを進んでも救われることが無いのは象徴的。
睦月ルートこそ一縷の望みを覗かせたものの、結局新たな妄想に飛び込んでしまうラストはなんとも人間というものの根の深さを感じさせる皮肉な結末。
一度倒れ込んでしまうと、立ち上がるのはそんなに簡単な事じゃないんだという示唆もきっとあるのでしょう。異常な世界観が目を引く本作ですが、生きていくことの難しさや人間の弱さや脆さを浮き彫りにした作品ともいえるのかもしれません。
・ヒロインについて
ヒロイン勢の中では望美が一番気になりました。
他のゲームのように特段気に入ったというわけではないのですが、不幸な生い立ちを読み進めていたらなんとなく一周目は望美にたどり着いた、という感じで。
ところが、進めたバッドルート最後の睦月様から浴びせられるお言葉は意外と的を射ていてなんとも胸が苦しくなる結果に。笑。すごいこのゲーム嫌な心理テストみたい!
選ぶヒロインによって自分がどういうところにエゴを感じる人間なのかを結構痛烈に批判されるので心がガッツリ抉られる。作品購入ページの注意書きは伊達ではなかった…。
そういえば作品ページの人物紹介欄、ヒロインと書いてあるのは実は睦月のところだけなんですよね。芸が細かい。。。
ということで、支離滅裂な世界観の中に裸で放り出される感覚を楽しむ作品という総評。
名作と呼べるのかは疑問の余地がありますが「読ませる」ということに非常に気を使った作品で誰をも引き込む力があり、時にプレーヤーの心理までも抉ってくる言葉の羅列はこの作品独特の強み。この構成力と文章力は相当に地力が無いと出来ない芸当でしょうし、この作品より『まとも』でも読みにくい作品はごまんとある。
読み砕くとしっかりと人間性にフォーカスした内容にもなっており、プレイ前の印象よりかは遥かに真っ当なゲームだなと感じました。
本作発売は20年以上前とのことで、ゲーム自体や評価に時代感のズレが出てしまうのはやむを得ないところ。実際このゲームに何点付けようかは結構迷いました。リアルタイムでプレイしていたらもう少し高く付けたかな?とも思いますが、それはそれとして。あくまでプレイした現在を軸に点数をつけていますので、自分の中では参考記録みたいな扱いです。
今も語り継がれる有名タイトルはやっぱりそれなりに理由はあるんだなと、そんなことを感じた読後感でした。