ベースはよくあるありふれた話。設定の肉付けやライティング、人物の描写は上々だけれども見どころはそれだけ。リアルタイムでプレイしていたら評価は違うのかもしれないが、令和の今そこまで高い評価を付けられる作品でもない。
nitro+さんの作品は数本やっていますが、やっと『沙耶の唄』のプレイに至りました。
評価の高い作品ということは前々から知ってはいたのですが、やる機会もなく…ということで今更ながらの遅すぎるプレイ。レビューは「今プレイするなら」という視点に立って書いていますので、「時代差を考えろよ!」というツッコミには返す言葉もないです申し訳ない。
で肝心の本作の感想ですが、思ったより衝撃も感動も無く…お話自体は至って凡庸という印象。
もう少し尖ったものが出てくるかと思ったのですが、そのあたりはハッキリ期待のし過ぎでした。「虚淵作品で高評価!?こりゃとんでもないモノが出てくるな!」という先入観は悲しいかな捨てたほうが良かった。
もちろん悪い作品という意味ではなくて、キャラクターはよく描けていたし語り口もシャープ。集中力が途切れることも無かったので質は決して低くはない。
そこを目的にプレイする分には良いけれど…と、やはり今やるべきかと問われたら微妙な判断になる、、、そんな作品でした。
・ストーリーについて
人間と未知の生物の悲恋のお話。なんだけれども、ベースとなっているのはごくありふれた恋愛譚。
人生に絶望した青年が運命の女性と出会う。けれども女の子は少し変わった人物だった。交際を続けるうち人が違ったようになる青年。友人たちはそんな様子に「あの女はやめておけ」と助言をする。しかし彼は誰に何と言われようと彼女への愛を貫いた…と、要約すれば世の中に履いて捨てるほどある何の捻りも無い恋愛話と大差ない。
確かに未知の世界の生物を出すSF要素やグロテスクホラーの肉付けはある。突飛な設定の割に破綻はしていないし、優れた人物の描写や場の表現力と併せて高い水準でまとめ切っているところは良く出来ていると評して間違いない。けれど、言い換えるなら本作の見どころはそこだけ。
むしろ、ありふれたつまらない恋愛話をどう見せればエロゲユーザーがついてきてくれる物になるのかを試したいがための作品という印象さえ感じた。
本作オリジナル版発売は2003年とのことで、実に20年以上が経過している今やる価値があるかというと微妙なところ。当時ならセンセーショナルだったかもしれないけれど、今『虚淵玄』と聞いて何らかのイメージを持つ人やそれなりに様々な創作物に触れてきた人にとってはきっと退屈に映るのではないでしょうか。
とは言えやはり筆力は確かなので、物書きや何らかの創作に関わる人ならば得られるものは少なくないと思います。
・キャラについて
前段との矛盾を恐れず書くならば、この物語の中心に立たされているのは外ならぬ耕司。
容易く人の枠を踏み越える郁紀よりも、変わっていく親友に戸惑い仲間たちとの仲を取り持とうとする耕司の苦悩や優しさ・葛藤がお話を動かしていく。めちゃくちゃ良い奴過ぎてもう…あんなチンピラみたいな見た目のくせして…笑
またストーリーの仕掛けの面から見ても、世界の命運をサブキャラの彼が握っている(握らされている?)というのも面白い。電話の選択肢はもちろんのこと、最初の選択肢についても耕司がいなければ踏みとどまる選択自体郁紀の中に存在し得なかった。彼が最後まで誰かを思いやらなかったら容易く人界は滅んでいたのだと考えると、知らず背負わされた責任はあまりにも重い。
結局彼もまたズレていってしまうことになるのですが、功績を鑑みると報われる結末がないというのはなんとも虚淵ワールドという感じ。ただ、根っからの悪人がいないところはこの話の良心でしょうか。皆愛すべき誰かや何かを守りたかっただけなのだから。
ところで青海ちゃんと涼子先生のエロ、どこ・・・?
ということで、ストーリーそのものよりライティングの味を噛み締める作品という総評。
ありきたりな話に魅力を載せる技量は確かだけれども、そもそもの部分が平凡なのでパッケージとしての力は並。というより、その辺わかって筆を取ったような気さえする。『よくある悲恋を虚淵玄が描いたらどうなるか』…それを見せたかっただけなんだろうなという感想を抱いた。
しかしながら人物や状況の描写は秀逸。耕司や涼子の人となりの描き方は良かったし、沙耶の得体の知れなさや郁紀の世界の異質さはグラフィックと併せて◎。
驚きや意外性といった要素を期待し過ぎなければ、また事前に高評価に支えられている作品ということを頭に入れ過ぎなければもう少し違った評価も出せたのかもしれませんが、それは言ってもしょうがないこと。
リアルタイムでプレイ出来た人を羨ましく思います。