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KetTさんのシンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~の長文感想

ユーザー
KetT
ゲーム
シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~
ブランド
Azurite
得点
75
参照数
203

一言コメント

推理モノに超能力はやはり食い合わせが悪いなと思わされた作品。お話自体はまずまずだったものの中盤からの展開が残念。『心の声が聞こえる能力』から見る死生観や人間性の捉え方は良く出来てるのでそのあたりの評価は高く出せる。作中飛び抜けてよく出来ていたシーンがあり、個人的な学びとして得る物があったのは望外の収穫だった。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

Azuriteさんのシンソウノイズ。同ブランドは初プレイ。好きな原画家さんが関わっているということで今回プレイするに至りました。
推理モノは久しぶりだったので面白かったです。アプローチもこの作品独特の方法で〇。心の声が聞こえるとか、推理モノとしては禁忌といえるほどのチート能力ですがうまく作品上に落とし込んでいたのも印象が良かった。
反面、超能力の特性上ミステリーというよりはサスペンスに近いので、本格ミステリと言えないところは残念に思う人も多いかもしれません。
特に中盤から出てくる超能力ラッシュ。メダイなんてシロモノまで出て来てこのあたりはちょっと持て余していた印象。そこから物語も本格的に超能力モノに逸れていくので、終盤の展開含め「なんだかなぁ」とは私も感じたクチ。
個別ルートが共通の行き止まりから派生するタイプではなく、本筋のところどころから枝が伸びているタイプだったのも個人的には残念でした。
本作独特の視点から語られる、生きるとは・死ぬとはという死生観は結構納得させられるところが多く、またクラスメイトの死に際し、生徒にどう向き合わせるのかという担任の演説は本作屈指の名シーン。
褒めるところは多いのですがマイナス点も結構あり、残念ながらそこまで高い評価点とはなりませんでした。


・ストーリーについて
主人公橘一真が初恋の人である雪本さくらの死とどう向き合い折り合いをつけるのか、というのが作品の根幹。+味付けで推理要素を挟んでいるといったところ。中盤から終盤、能力ありきの異能力バトルになってしまったのは残念でしたが、主題は1本を通して良く描けていた印象を受けます。
かなり凄惨な幼少期を過ごしながらも他人を受け入れるのが早かったり、ところどころ陽キャ風な言動を取る主人公の人となりには疑問も覚えましたが、あんまり閉塞的な性格付けにしてしまうのも・・・という制作面の苦慮があったのかもしれません。
本作で特筆すべきは『他人の心の声が聞こえる』という能力を前提に独特の視点から語られる人間そのものと死生観の捉え方。
もちろん他人の心の声が聞こえるなんてことは実際の私たちにはあり得ないことなのですが、心の声が聞こえるとはどういうことなのか、そこから見る人間というものの本質、また生きるとはどういうことなのかにまで言及する本作ならではの視点は不思議と納得させられる説得力に満ちていた。
それともう一つ、クラスメイトが亡くなってしまうという非常にセンシティブな事件に際し、多感な時期の子供たちにどう乗り越えさせるのかという担任村岡先生の対応は是非多くの人に見てもらいたいシーン。
こういうケースでは命の大切さを大仰に説くドラマや作品が多いように思いますが、実のところ、心に背負ってしまった重荷を解きほぐし日常に戻る手助けをしてあげるというのがあるべき教師の役割なのではないでしょうか。
普段はことなかれを貫く人間性ではあるものの、窮地に人としての立派な年輪を感じさせるケアの仕方は思わず己を顧みさせられた。年齢や立場は違えど、もし自分が同じ状況に立ったら同じことを子供たちに説けただろうかと。それだけの経験値を培って来たのだろうかと。
物量にしてたった数行のワンシーンなのですが、個人的にはこのシーンを見れただけでも本作をプレイした価値はあったように感じます。

・ストーリー構成について
本作は共通ルート行き止まりから個別へ派生する構成ではなく、ゲームを通した1本の本筋のところどころに枝葉のように個別ルートがある構成。
つまり、『あるタイミングでもって誰に告白するか』ではなく『お話を読み進める途中で誰を受け入れるか』という選択になる。言い換えるならば、お話を進めるためには『ヒロインとのフラグを折っていかないといけない』ということ。
ヒロイン勢に魅力のある子ばかりだったので告白や告白めいたお誘いを断っていかなきゃお話が進まないというのは、しょうがないにしてもあまり感触が良くなかった。
更に、個別ルートに入っても結局雪本さんの事件から目を逸らすことになる・・・だけならまだしも、相手のヒロインに対する疑念も残したまま+萌花と距離を取る終わりを迎えるという後味の悪さ。
各ルート読後感への配慮はあって欲しかったと感じますが、結局のところ、この作品は良くも悪くも雪本さくら(+萌花)との物語であるということなのだと思います。

・推理要素について
推理については難しくもなく簡単過ぎず、という印象。人によっては簡単過ぎる!という感想を持つでしょうが、それは本作が正しくサスペンスのような構図になってしまうから。
犯人が誰かは置いておいても、その場に犯人がいるかいないかがわかってしまう時点で犯人当てというよりかは情報整理・頭の体操に近い。しょうがないと思います。推理に超能力を持ち込むことがまずナンセンスなので。
その中でも『誰の声かわからない』『本人が意識していないと聞こえない』など、物語だけでなく推理の部分でも上手く調整して落とし込んでいたのは褒めていい部分。半面中盤から能力が多数出て来て渋滞を起こすのは残念な部分。
メダイとかね、大したデメリットなく他人の能力を使えてしまうというジョーカー要素でありながらメダイ自体の説明が曖昧で掴みづらいのは×。
特に強化の力なんて、元の能力者は触れた相手が発動対象なのにメダイの方は着用者が対象とか、そういうルールは事前に説明して欲しい。こういう作品独特の要素は伝え方にもっと気を配るべきでしょう。
最終的な真犯人についても、体育館の舞台の照明を落とすくだりは無い方が良かった。あそこで犯人が確定してしまうので最後の犯人当てに驚きがなかったのは勿体ない。
誤字が多かったのもマイナス。こういった整合性を探るゲームで、意味が変わってしまうような『てにおは』の誤字が多発するのは×。ジャンルがジャンルなので校正はもっとしっかりやって欲しかった。
とにもかくにも、本格推理には程遠くあくまで推理パートはお遊び、といった印象でした。


ということで、突出して良い部分が見られながらも諸々不満も目立った作品。決してプレイして損するタイトルではないけれど総じて名作とも呼び難い・・・といったあたりでしょうか。
途中から超能力モノへと趣向が逸れていく部分への落胆や個別ルートの扱いなど残念な部分はありましたが、ストーリーの芯である主題は概ね良く描けていたと称して反論は出ないと思います。
推理パートがお遊びになってしまったのは致し方なしでしょうか。真犯人などはもう少し気を使って隠していてくれた方がプレイヤーとしては満足度は高かった。
本作独自のシステムや目線は他では味わえない要素だと思うので、個人的には出会えて良かった作品という総評。
なかなか推理モノって無いですよね・・・ゲームをプレイしてる!という感覚が味わえて結構好きなので、またどこかでこんな作品に出会えたら。