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Ken.tさんのOmegaの視界 アキかけたシキのアイ:残の長文感想

ユーザー
Ken.t
ゲーム
Omegaの視界 アキかけたシキのアイ:残
ブランド
ねこバナナ
得点
95
参照数
1147

一言コメント

 自分としては珍しく、発売日にすぐに買って、その日のうちに集中して終わらせたくらいにめちゃくちゃ楽しかった。まあ同人ゲーだから値下がりがないというのもあるんだけれど、それがなくても即ゲットしていたことだと思う。長文の方はネタバレといえばそうだけど、別に大したネタバレはしてないです。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 謎めいた脚本と魅力的なキャラクターと、それを損なわないテクストがとても心地よい。明確に表現されていない意味や語をプレイヤーが作品を読み進めつつ埋めるのも、登場人物の語るユーモラスな蘊蓄を眺めるのも、前作から一年ぶりのごちそうで満足したと堂々と言える。それに加えて今回の『残』は物語的にも盛り上がりどころがいくつかある。まず初の戦闘シーンが存在している。前作の『アキかけたシキのアイ』(ちなみに『残』には前作までのすべてのエピソードが同梱されている)でも「スタンド・プレイ」というエピソードで戦闘シーンらしきものがあったけれど、今回はもっと明白なものが観られる。観られる、と書いてしまうと語弊があるが、読むとも観るとも言えない印象を持たせる魅力的なシーンだった。
 そして冬夏と姫様は以前から非常に危うい関係にあったけれど、一気にその状態が決壊するし、宮さんも真言にようやく明確な態度を取る。真言のあずかり知らぬところでは貴奴(?)も大きく動くし、物語の序盤で中央(田舎に対する地方を作中で言う語)に残して来た友人の大神とその恋人のかれおにも変化が。こうしてみると既知の事情を解体するようなエピソードで、丁寧かつゆっくりとした流れの『シキのはじまり』、『未開封のハコニハ』、『アキかけたシキのアイ』に対して、『アキかけたシキのアイ:残』は未知の状態へと事態が進展する今回はまさに激動の断章と呼べる。
 登場人物が誰も彼も、何か企みがあったりしてわかりやすい人格ではないんだけれど、その方が面白みがあると思っているし、事実それで厚みのある内容になっている。小悪党みたいなのが一人もいなくて、みんながラスボス的存在になりえるし、逆に仲間になりえる。プロレプシスとして真言自身も『アキかけたシキのアイ』で「ula、七の刃のおもいで」というエピソードを語るわけだが、それでも彼自身、どうするのかわからないくらいに板挟みの状態にある。よくある人物相関図みたいなのには簡単に収まらない複雑系からくる予測不可能性だ。『シキのはじまり』のムービーで出てくるフラクタル図形(マンデルブロ集合による)が出てくるけれど、ようやくあの図形を見せた意味がなんとなくわかるようになってきたのかもしれない。バタフライ・エフェクトからの引用も前作までのエピソードに含まれていたような気がするし、プレイヤーに意識させようとしているのかも。ただ割とプレイヤーの基礎知識に対する要求レベルが高くないのも良くって、そこらへんは意外とデリカシーがある。もちろん引用元の文献を知っていたりすれば、それはそれでいいけれど、例えば特に目立つ引用元である京極夏彦作品を知らなくても悟性に富む饒舌な人たち――チノとか道具とかカルロサ――がいてくれるおかげで理解できる……少なくとも推知することはできる。
 引用が単なる部分的なイミテーションに留まらず、話に複雑に根付いてくるあたりも好感が持てる。語に意味を持たせないと複雑系が見せかけのものだけになってしまうけれど、そこにもきちんと伏線を張ってある。登場人物の名前などに意味を持たせるのは当たり前だけれど、コノテーション(内示的意味)が他の作品のそれよりも強く物語に影響し、そういった部分も作品に深みを与える重要な要因になっているのだと思う。
 そしてこういう昔ながらのノヴェルタイプのゲームをたまにやると、この単純さがむしろ最近発売されている画や音に表面的な工夫を凝らしたものより優れていると度々感じる。声を入れることによって印象は強くなるが、失敗して興ざめしてしてしまった事例は溢れているし、動かない立ち絵を無理に動かすセンスのなさに呆れることもしばしば(……これ、以前にもブログで書いたような気がしてきた!)。テクストが主体になることによって画に意味を与え、音がそれに華を添える形式がノヴェルゲームのライトモティーフであるのならばリーダビリティの低下を招く余計な要素は基本的に不要だ。そこに追加要素を入れるのなら、そうすることで物語により意識を近づけるようなものでないと、プレイヤーとしては鬱陶しく感じる。その点では、『Omegaの視界』はとても効果的に音楽や画を入れていて素晴らしい。これこそ外面を撫でるだけでない、本来的な演出と呼べるものだ。こういうヴィジュアルノヴェルが持つ根本的な魅力というのを存分に感じ取れるような、今では稀有なものとなってしまった魅力もある。
 ところで今回、劇中で冬夏と宮さんが歌っていた曲の元は実は以前発売されたヴォーカル集『月供調 [gIg+]』の中にあった「月は無慈悲な白き玉座」と「紅い月、夜を想う」と「D_Side of the Moon ~ Omegaの瞳に祝福あれ」だけれど、これらは音楽鑑賞モードで聴けないようだ。当然ながら劇中で聴けるものもインストゥルメンタルなので歌詞は『月供調 [gIg+]』の冊子でしか知る手段がないのはちょっとモッタイナイ。まだとらのあなの通販では在庫が少ないけれど残っているみたいなので買ってもいいかもしれない。『月供調 [gIg+]』には「夜光燈」のフルヴァージョンも収録されている。ただ個人的にはヴォーカル集第一弾の『GNOSISONG』が「ythm」のフル収録ということでこちらを推すが、在庫がどこにもなさそうなのが残念だ。