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JSBZTさんのMUSICUS!の長文感想

ユーザー
JSBZT
ゲーム
MUSICUS!
ブランド
OVERDRIVE
得点
90
参照数
1982

一言コメント

瀬戸口廉也は何故飽きたといって去ったエロゲ業界に戻ってきたのか

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

まず大前提として本作は瀬戸口廉也自身が『kira-kira!』でやり残した構想があり、メーカーのメールボックスにその旨を送ったというのが出発点である。

本作のエンディングは4つあるが進める順番は事実上決まっている。(おまけのエンディングリストの順番からもわかる)

最初にたどり着く弥子エンドは集団で目標に向かい、成し遂げるという、クラウドファンディングによって作られた作品としては100点満点の出来だと感じた。
エンディングムービーも凝っていて、高額で支援して名前が載った方は心底喜んだんじゃないだろうか。
だがこのルートは『MUSICA!』の本筋にはいかず、主人公も医学部に入学という父に言われた道をそのまま進みエンディングを迎える。IFなのだあくまでも。
そのことを証明するかのように、選択肢を変えると弥子はあっさりとフラれてしまい、前作のキャラが登場したりといよいよ本編の始まりを予感させられる。
なによりも“共同生活"という作者にとっての青春の実感を表すワード(キラ☆キラ ファンブック参照)が出てくることからも。

新居での生活が始まり、前作よりも楽器の細部に触れる文章が増えているが、ここはあくまでも巧くは書いているが実感はこもっていないんだな、と感じた。
この感覚はその後も続き、めぐるルートでは作者は本当にそんなの信じているのかと疑いたくなるようなポジティブなロックンローラーの死が描かれる。

公式サイトで紹介されている残りのヒロインは三日月だが、ルートの冒頭で前作の前半部分をラノベ化した作品を主人公のバンドが担当することになるなど、弥が上にも作者の実感とやり残した構想の部分を期待した。
プレイを続けるとだんだんと既視感が強まり、前作のきらりルートの状況に近づいてくる。
順風だったバンド活動に三日月の漠然とした不安とその後のアシッドアタックによる引退…
作者は前作を恋、今作は愛にまつわるお話だと書いていたが、この物語は誰かのために独り歌うのではなく、ともに歩むという形で物語は終結する。

これで終わりかと思いきや調べてみるとどうやらもう1ルートあるらしいことがわかり、選択肢を選びなおす。
私の見た攻略サイトではBADENDとあった。
このルート、これまでとは筆の入れ方がいきなり変わる。
これまで登場したエロゲ的な記号が多いキャラクター達を自分の創作活動への足枷であるとして一掃してしまう。
馨は三日月亡き後でもある程度の客がつくことを確認し、独立色を高めてゆく。
その後の新バンドのメンバーにめぐるが加入しているにもかかわらず立ち絵は一切出さない徹底ぶりだ。
そういった中でエロゲ的記号がない女性と出会い、同棲が始まる。
この女性は公式サイトはおろかCFのこれまでのどの資料にも記載がない。
馨はその後も自由に作曲活動を続けるが、自由がゆえに追い込まれてゆく。
それはまるで制約があったほうが作りやすいと語っていた是清のように。
次第に馨の音楽は誰にも届かなくなっていき、一番近くにいるはずの女性にも真意はまるで伝わらない。
そして物語は出来損ないの音楽を、それが馨の曲だからという一点だけで流し続けた女性の死という形で終わりを迎える。

さて作者は何を伝えたかったのだろうか。
私はこのルートは作者自身のエロゲを離れた後から現在までの実感の変遷を物語化したものではないかと考えている。
ご存じの通り作者は『kira-kira!』制作後にエロゲから離れて小説へとその活動の舞台を移す。
その間に行われたトークライブでもエロゲに戻ってくることはないと明言していた。
作者は執筆活動を続けていたが、さまざまなジャンルに挑戦していくうちにだんだんと話題にされることが少なくなっていき、小説の重版もかからなくなっていく。(それもありどの小説も現在価格が高騰している)
届く人がみえなくなっていく創作活動に意味はない。そこにある種の美しさはあるかもしれないが。
ルートの結論はこの点であると考える。
そしてこの結論を経て、瀬戸口廉也は戻ってきたのだ。
もはや創作の場は選ばないだろう。小説だろうがエロゲだろうがなんだろうが。
たとえその場所が自分の考えている意図通りに作品を受け取れない人がほとんどだったとしても。
その上で、三日月ルートの終盤が今現在の瀬戸口廉也が作る今後の物語なのではないだろうか。

>読んでくれている時間だけちょっと面白がってくれたらいいなと願って作ってます。
>他には何にもないんです。






この物語のタイトルはやはり『MUSICA!』でなければならなかったと思う。
だれかが結果的にMUSICUS!でよかったとか書いていたが。…やっぱりちゃんと届いてないじゃん。