「人間」の感情を深く深く掘り下げた、自罰的、内省的なお話でした。今までのLoser/s作品とは毛色が違いますが、好きな人にはたまらない作品かなと。
これは…なかなかメッセージ性とテーマ性を押し出してきたなぁと。
AIを多用したであろう背景や一枚絵を見るに、実験的な作品なのかなという印象を受けました。
ストーリー全般を評すると、自罰的、内罰的、内省的と言った感じ。
ストーリーの流れは尋問、推理といった流れですが、推理にあまり意味は無いのでしょう。大事なのは虎魚の歪な証言、人となりを知ることで空想、想像し、彼女自身が自分と向き合い、そして打倒し、集合していくこと。
「ウサギと願い」などのファンタジックな要素により歪に大きく見えている世界観ではありますが、突き詰めれば彼女自身の心の内の抗いと贖いですね。実にクローズドな世界で、ひどく人間的な物語でした。
選択肢もきちんと意味があり、没入してプレイできました。面白い、というよりかは共感できる作品でしたね。
ただ、BAD END(でいいんですかね?)でゲームごと落とすのはちょっとやめてほしいなぁと。PCに負荷がかかるんですよね、微々たるものかもしれませんが…また起動しなおすのも億劫ですし、まぁ愚痴です。
以下、勇魚虎魚という存在が「人間」「human」であるということに着目した考察もどきの感想です。
〇マズローの欲求階層説で考える勇魚虎魚という「人間」
マズローの提唱する欲求階層説に照らして、虎魚の精神性を見てみたいと思います。
基本的に彼女は内罰的な思考をしていますので、自らを肯定的に見ていないのは自明です。自己肯定感が非常に低いということ、つまり4階層の「高位の承認欲求(自分で自分をを承認する)」は満たせていないわけです、まぁこれを満たせている人間なんて一握りでしょうけれども。
では「低位の承認欲求」、他人からのそれはどうなのか。私はこれが非常に中途半端というか、歪な状態なのだと感じました。
彼女が人からの期待に応えることがうまくいかない描写はいくつかあります、最たるものは夫を救えなかったことでしょう。他にも祖父から母を任されていたこともあると思います。
それをもって自罰的になっている、ですが全てを諦めきっているわけではないのはこの世界自体が証明しています。自分の責を認めて堕ちるだけならばこのように内省的である必要は無いのですから。
加えて最終戦で薬指を「私のすべて」と断じて切り落とすことを拒んだ様子からは、自分の存在を夫に依存していることが窺えます。もう存在しない相手に対する依存、つまり承認は返ってきませんので前にも後ろにも進まない状況ですね、意図的に停滞を選ぶことで自罰と同時に自分を守る最後の砦なのかもしれません。
さて、薬指を切り離す決断をしたことで彼女は「外的欲求」を己からパージしました。
この世界に「物質的欲求」はありませんので、これが最底辺です。ここまでしてようやく自分と向き合う土俵に立てたのでしょう。
その結果、途方もない年月、年月という単位に意味があるのかはわかりませんが、まぁその時間の中で得たものを「誰かに託す」と結論出せるまでに至りました。
これは5階層「自己実現の欲求」さらに6階層「自己超越の欲求」に該当するもので、まさしく「人間」としての再生と言えると思います。
〇「堕落論」で考えるこの世界と「人間」
坂口安吾、著「堕落論」に照らして、この世界を少しだけ見てみたいと思います。
虎魚は罪人と自らを断じる、ならばこの世界はそれを贖う監獄、地獄と言えます。ですが、それだけではないのです。
「人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」-「堕落論」後半より引用ー
社会的に見た場合、勇魚虎魚のカテゴライズは優秀の枠では無いと思います。しかし、それゆえに堕ちていったわけでは無いのです。堕ちることはどんな人間にも等しくあり得、またそれが一つの内省というわけです。
常に高潔、間違えない人間もいるのでしょう。それはそれで素晴らしいことですが、理想と現実の不一致で苦しむ人間のほうが多く、それを崩し解決を図る近道が「堕ちる」ということであり、堕ちた自分と向き合うことが人間としての再生なのではないかなと私は考えるのです。
さて、先ほどの引用の中で「人間は堕ちる」と多用されているとおり、堕ち、内省する虎魚はまさに「人間」と言えると思います。
※「堕落論」に関する解釈はあくまで私の見解です。
〇過去作の要素
強盗娼婦、Sessions、うさみみボウケンタン、メカニカとやってきたのですが、一番過去作の要素は少ないように見受けられます。多少はありますが、初見でもほぼ気になることはないのでは。
個人的にではありますが、頻出する苦手なキャラクターが本作では出てきませんでしたのでそこは好ましくプレイできた理由ですね。
まぁ逆にそこが物足りない人もいるのかもしれませんが。