ほどほどなボリューム、読みやすいテキストは癖が無く誰にでもとっつきやすく思える。 暗めで硬派な雰囲気はハードボイルド、アンダーグラウンドの戦いを期待させてくれるが、実際は命の価値を問う、泥臭くロマンチックな物語だった。
このライターの作品にしては意外に冗長なところが少ない(失礼)テキストは、章立てた短めな構成と相まってキリが良く、とても良いテンポで読み進めることができました。
また6時間程度というボリュームは最近の流行りに合致していると同時にさほど筆が早くないライターとの特性とも相性が良いもので、企画段階からよく構想が練られたのではないかなと思わせてくれる出来栄えでしたね。
ストーリー構成は序盤に提示した謎がしっかり後半で回収される淀みない流れ。
惜しむらくは少々あっさりしすぎたところでしょうか…本作の前評判を見るにバトルというか硬派な展開を求められていたように思えますので、そこに着目するとちょっと物足りないかもしれないですね。
実際、冒頭の展開からダークでバイオレンスなハードボイルドモノかと思わせるのですが、全般を通した展開はそうではなく。
私が思うに、本作の根幹にあるのは命の価値とその使い道で、暴力や殺人はその根幹要素を修飾する役割なのではないかなと。
「命の価値が著しく低い」
新宿九龍という街の命についての評価です。
これは誰にとっての命か、ということを念頭に置いて考えるべきだと私は思うのです。
虎生の命は憂炎と天依にとっては自分の命に値するほど価値があります、しかしその辺のチンピラにとってみればそんなわけはなく、すみれの命は十四郎にとって有象無象100人以上の価値があることは作中で語られている通り。
ここまで極端でなくとも家族の命は一般に他人よりは重いのだし、王様の命は平民よりも重いでしょう。バイオレンスで簡単に人命が失われる設定はこれを強く印象付けるための舞台装置というところですかね。
さて、命の使い道という要素に目を向けてみます。
フィクションでよく見る、仕えるべき主君のためにとか、愛する人や子供のための臓器提供だとか、そういうのはリアルではそう多くはないと思うので、もう少し身近なところで。
現代社会で自分の命を能動的に使う、となるとわかりやすい手段は「自殺」でしょうか。この街で横行する保険金詐欺はその最たるもので、本来、命を担保に残された者たちに財産を残すという自己犠牲です。それを自分が使う金のために、というのは中々に皮肉なのですが。
この利己的な命の使い道と対象にあるのがすみれを延命させるための儀式なのですが、結局のところは彼女一人のために無関係な者の犠牲を強いており、仙波のエゴに過ぎないのです。
そのような中で命の使い道を他者に示す真白は特異な立ち位置でした。自殺を救済と定義し、信者らに導いている様子は宗教家の本質と言ってもいいのではないでしょうか。
そして、これに死者の声を聞くことができる主人公サイドの能力が加わるとまた面白いのですよね。
持論ですが、天国とかそういうものは、あっても無くても良いのです。ただあったほうが心理面でのセーフティネットといいますか、なにかと都合が良い。そもそも死後というものはふんわりした確定していない世界なのですから、何度も説教してあげればそれが事実として受け止められやすいのです。しかし本作では死後の意識を主人公は認識出来てしまいますので、この説教が茶番とわかってしまう。
ただ、それで教義の否定をするのかというとそうではなく、死後の後悔を、真白への不満を訴える視野の霊をただ燃やして、煙になっておしまい。
これは、真白の「救済」が詐欺であったかどうかを別としても、自殺を選んだ彼らの「意志」はその時は本物だったのだから、虎生はそれを尊重しているのかななんて思ってみたりするのです。
〇すみれとエピローグについて
彼女の命の価値は世界からズレています。また「私は生きていません、生かされているだけ」という言葉から、命の使い道を自分で決めることが出来ていないことも読み取れます。
エピローグでは様々な人々の命によって生かされていた彼女が自己優先または自己犠牲なのか、どちらかの「命の使い道」を決断し、それによって世界が分岐するわけですが、つまり彼女こそがこの物語の軸なのです。
主人公は誰か、ということを論じるのなら私としてはすみれなのかなと思うほどに。
用意されたどちらのエンドも正解というわけでは無く、単なる選択の結果なのでしょう。また安易なハッピーエンドで終わらせなかったということも好感が持てました。
ちなみに個人的にはですが「ぎゅっと」ENDのほうが好みですね。
凛音と虎生の邂逅もそうですが、なによりすみれの自己犠牲の決断が愛しいのです。初めて自分の意志で生きることを決めたあの瞬間こそ彼女のBARTHDAYと呼ぶに相応しく。
〇システムについて
悪くは無いです。バックログジャンプもありますし音声回りも不便無く。ただ、次ボイスまで音声継続などの近年のスタンダードが実装されていないのは痒い所に手が届かない印象でした。
あと口パクについてはスムーズさが足りない印象を受けました。時にセリフに対して口の開き方が大きすぎるなどの違和感もありましたし、せっかく採用するのならもう少し調整してほしく思えたところ。
〇気になった点
幼馴染たちのエピソード、仙波家についてなどもう少し深堀できそうな要素が残されているのはちょっともったいなく思えます。物語の本質とはズレるとは思いますし蛇足になりかねないとも思うのですが、幼馴染たちが実に魅力的に描かれている状況を見るにおまけ程度でも触れられればいいなと、ちょっとした願望でした。
〇片岡作品からの要素
仮死者が横たわる石室、ねこねこ作品のある描写と共通することは既プレイ者には語るべくもないでしょう。
他にも100人を犠牲にするという描写はコットンソフトのある作品に共通していると思いますし、エピローグの異なる結末を描くところはラムネ2の「晴れと雨」を彷彿とさせます。
ただ、どれもそこまで強く香ってはいないのですね。わかる人だけに「これってもしかしてアレかな?」と思わせてくれる程度というか。
まぁ、私の推測も的外れなのかも。もしくはライターが無意識に書くクセなだけかもしれません。
どちらにせよ、旧来のファンにとってはちょっと嬉しくなる要素かなと私は感じました。
〇蛇足
それにしても間垣の優遇っぷりはなんなんだろう…いやあいつ好きなんですよ。うさぎ大好きだし、何故か美大出身だし、クラス委員だったし、動物飼育係だったし。
ザ・憎めないやつの代表格…とはいえ真白の父を死に追いやった遠因でもあることは事実で、全く悪人なんですけどねぇ、この言い切れない曖昧さがある意味この作品らしいというか。
本作を象徴する登場人物こそ間垣とも呼べるのかもですね。