ErogameScape -エロゲー批評空間-

HARIBOさんのErewhonの長文感想

ユーザー
HARIBO
ゲーム
Erewhon
ブランド
CLOCKUP
得点
85
参照数
309

一言コメント

設定とエロが見事に組み合わさっている。シナリオも面白く、どのような伝奇モノとして展開していくのかワクワクさせてくれた。グロはほぼないので万人に勧められる作品。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ファンタジックな要素を含んだ伝奇物か、硬派なリアル民俗学的伝奇なのか、個人的には後者を期待してのプレイ。

結論から言えば前者、ファンタジックなほうであったのだが、思いのほか気にならなかったのは「太歳」の存在が直接的に話を動かしていたわけではないことが理由だと思う。



〇「太歳」とストーリー全般について

太歳について少しばかり考察するが、彼らの行動理念は生存であり、それ自体はいたって普通である。しかしその生存戦略は、何かを排除しようとはしていないのである。
エロゲの名作、某Age作品のBetaとの対立構造などからわかるように、外世界からの参入者というものは積極・消極の別こそあれ、己の生存範囲を広げるために既存の存在を排除することが多く、それは物語の根幹に位置される。

本作のそれは切られても食べられても抵抗しない。無抵抗というものは粘菌のような形態であればまだ理解もしやすいが、共存のために人の形態をとった「姫」であってもこれは変わらず、人類との明確な差異である。

では話を動かしていたのは誰なのかといえば、当たり前のことを言うが人だろう。
利益や欲望、復讐心など登場人物により違いはあるが、彼らの欲求が複雑に絡み合って物語を成している。
そして、人を動かす原動力が「太歳」なのである。

美壽々のような意志の強い人間は別として、復讐心などを保持し続けることは難しいものである。ふとした瞬間に罪悪感であったり、今の生活に安堵したり、諦めたりもする。
その様な状況で、もう一度エンジンを回して車輪を回す燃料に太歳が位置しているのである。
みどりが息子を救おうと暴走したことは太歳の姫なくしてはあり得ないし、あの暴挙が無ければ村人が姫を喰らうことも無かった。人の形をした姫の外見がそれを食べる集団に罪悪感を生み出し、脅迫的にあの村を作り上げた。

見方によっては、ある意味太歳は被害者とも見えるが、彼らにそういう観点は無いのでどちらかと言えば太歳の一人勝ちかもしれない。

ちなみにこの物語を動かすのは人間、その力が太歳だと考えた一番の理由は廻歴編の過去を改変する一幕にある。
この行動の始まりは分家の老巫女の蜂起を止めるところだが、何をもってこれを成したかと言えば、時間的概念を越えそこに現れ、未来を予知(予測)した権能、そして異形の外見と肉体である。これらはすべて太歳から得たものである。
そしてこれを生かすことが出来たのは、主人公が人として、十子の幸せを望むという欲求があったからこそである。

つまりこの作品においてSFは、その人の意志を修飾する要素に過ぎないのである。
風呂敷を広げ過ぎず、舞台とした来待村から離れすぎないようにまとめ上げた構成は見事だった。


〇主人公について

彼のバックグラウンドで私がうまいと思うのは、民俗学をほどほどに収めているところ。
正義感溢れる無知な主人公であれば、その行動力を武器に間違っていることは間違っていると明言して敵と仲間を増やして物語を進めるのだろう。
しかし本作では「どんな因習であれそこに暮らす人には意味がある」というポリシーをもとに、おかしいと思うことに言及せず飲み込んでいるのである。
これにより十子ルートや稀世良ルートのような、因習に切り込まず飲み込まれていく構成を描けているのだ。また、これがあるからこそ因習から逃げ出すサエルートは対照的な価値を得ている。

また特に面白いところは共有妻に嫌悪感を覚えながらも「まぁカリバズムに比べれば…」と自分を納得させているところである。村の因習の根本、姫喰らいとその後の椿を喰らったことは正にカリバリズムであるのだから、正鵠を射ていたわけである。


〇ヒロインについて

・稀世良

始まりからメインヒロインの風格たっぷりであった彼女、ロリコンとしては個人的には稀世良が好きだったのだが、序盤で退場してしまったのはどうにも悲しい。
水先案内人に留まってしまった、またサエルートで最後の門番役を勤めていたことからわかるように彼女は因習村をそのまま形にしたような存在であると思う。物語が人の意志で紡がれる以上、彼女の居場所は村の中にしか存在しないのだろう。

・十子

メインヒロインになるのだろう。ただあまり好きになれなかったのは残念である。
主人公の行動理念は最終的に十子のためにあり、物語を動かした力も太歳たる十子に起因する。ストーリーの骨子から見て彼女を軸とすることは当然ではあるが、「紅い悪夢を喰む」が始まってから彼女が横にいることを当然とする状況には少し付いていけなかった。
そもそもあれはサエルートの流れを汲んでいる。つまりサエを選べず消極的に十子を選んだ形だ。十子ルートの様に選択肢を経て十子が良いとするならばまだ心の整理もつくのだが……せっかくノベルゲームの形ならば、そこは十子をメインヒロインとして強調する理由付けを増やしたほうが良かったのではと少し愚考してしまうのである。


〇エロシーンについて


流石はクロックアップと言うべきか、飽きるほどに畳み掛けられるエロシーンの数には脱帽である。
絵自体も萌えとリアルのちょうど良いところだし、肉感的であるのも良い。
作品の雰囲気と相性が良く、全てとは言わないがシーン数の割におおむね無理無く展開されていたのはデイレクションの妙を感じさせてくれた。

シチュエーションはオーソドックスなセックスや強姦輪姦を基本としたシーンが多かったことは意外、スカトロが苦手な私としては安堵した。

ただ、淫語のワードセンスはいただけない。
昭和どころか大正を彷彿とさせる世界観なのにチンポマンコ叫ぶのはどうなのだろう。
私が知らないだけで、あの時期はああいうのもポピュラーだったのなら見事な時代考察だがそうは思えない。

SFとうまく折り合いをつけてまで閉じられた因習村を作り上げたにしては、詰めが甘く感じる要素だった。


〇蛇足

偏見かもしれないが、エロゲの引用やオマージュ元というと宮沢賢治や中原中也などが登場しがちな気がする。本作はサミュエル・バトラーによる小説「Erewhon」を元にしたオマージュ作品らしい。私はこの作品を読んだことはないのでそこについては言及できない。

エロゲのプレイ層がどれだけこういう文学に親しんでいるのかは定かではないが、「Erewhon」は先ほど挙げた作家たちの作品群に比べるといくらか絞り込まれてきそうである。
つまり、多くのユーザーに新鮮に映りやすいのである。タイトルからオマージュであることをほぼ明示しながらも原作との相似具合、パクリ、オリジナリティについてあまり言及されないのはこの作品選びの妙もあるのではないだろうか。

さて、オリジナリティの有無については、この作品について素晴らしい感想を書かれているpeacefulさんの感想を拝見するに「一つのオマージュ作品として評価に値する」とされているので、確かなクオリティであるのだろう。
まぁ私はオマージュ元を読んでいないので、そこには何も言えないのだが。

少なくとも因習村を舞台にした、少しSF要素を盛り込んだエロゲとして私は十分に楽しむことができたことは確かである。エロくて、ワクワクして、いいゲームだった。