後半から盛り上げてくる作品。誕生日という単なる生誕の日に新たな価値観を与えてくれるかもしれない。
後半で一気に楽しさが増した、とよくある感想で言ってしまえばそれまでなんですけど…まぁ織塚以降で評価うなぎ上りでした。
初期のルート、ミカや柊は悪くは無いんですが、どうも展開の速さに付いていけないというか…他のルートへの踏み台的要素もあるのかもしれないですね。
その時点では謎を提示するに留まりますし、よほど察しの良い方でない限り先の展開は読めないのでは無いでしょうか。
各ヒロインについてそれなりに掘り下げられてはいますが、最終章と結びつけなければ十全に理解できるとは思えないですし。
最後までプレイしたあとでもう一度プレイしてみれば見えてくるものもあるのかもしれませんが、とりあえず今の段階での感想ということで。
雰囲気が変わるのは織塚ルートですね。
片岡ともさん担当ルートなのですが、ぶっちゃけゲーム全般から見るととても浮いています。これがミカルートあたりの担当だったらゲーム全般のバランスが崩れそうなものですから、ディレクションの妙でしょうか、良い配置だと思います。
終末世界の雰囲気はスタッフコメントで語られている通り「雨のマージナル」という作品に類似、というか酷似していますね。
良くも悪くも独自の世界観であり、これまでのテキストが水なら油ぐらいの温度感なのですが、うまく乳化して混ざりあっているのは実にうまい。
これまでの謎が解明されるというわけでは無いのですが、今までのストーリーから連続性を切り捨ててリセット、新たなステージへの出発点として実に良い位置づけでした。
そしてナルルート。
ルート的に言えば次への「溜め」という要素が大きいのでしょう。気持ちをリセットしての新たな情報の開示ですね、新情報がサクサク頭に入る入る。タイムマシンのところとか良かったですね。
かと思いきやほどほどにどんでん返しも入れてくれる。エンタメ的な楽しさで論じるならこのルートが随一ではないでしょうか、本当に面白かったです。
特筆すべきところは「別れ」と「終わり」を認識しつつも前を向いて為すべきことを為すナルの強さですね、他のヒロインとは明らかに違う彼女のポジションが見て取れるお話でした。
最後にイリ、HAPPY BIRTHDAY。
正直、してやられたとしか言いようがないです。
プレイヤーをゲームに引き込む、所謂メタ要素はともすれば没入感を損なう諸刃の剣なのですが本作のそれは実に巧妙でした。「兄さんの誕生日」という、ただそれだけの描写でグサッと抉ってきて、それで終わらせる後引きの良さは実にうまい。それでいてしっかりとストーリーに絡んできているのです。
そしてこのBIRTHDAYは最後のBARTHDAYにつながるわけで、「Happy Birthday to...」の曲とともに終わるEDは実に胸を打つ演出でした。
また、入莉の新たな誕生日のところではもしかしたら新しい名前を付けるのかな、なんて思ったんです。入莉という存在として在った彼女にとってその名前には重要な意味があったわけで、もしも別の名前なら名前を変えられた織塚と同じでなんだか興ざめだなぁなんて考えていたのですが、「冬谷イリ」という名前には一本取られましたね。
偽りの兄さんが正しく兄として定義付けられる、この上ない名付けでした。
身体的に脆弱で、設定上仕方ないのですが、精神も脆かった彼女がここまで成長できたのはこれまでの積み重ねがあったということも感じられ、まさにグランドルートと言うに相応しい幕引きだったと思います。
さて織塚以降が面白かった、と私は感じておおむね高評価を下しているのですが、それはそれなりに感情移入して楽しめたからです。終盤の展開に粗さもありますし、エロも今一つ。終盤が刺さらなければ私は75点ぐらいをつけていたように思います。
完成度という面であれば良作未満といったところなのですが、どうにも私の琴線に触れたのですね。合理性の欠片もない評価ですが個人の感想なので、こういうのもいいかなと。
HAPPY BIRTHDAY。
正直、私にとっては単なる生誕の日という位置づけでしかなかったのですが、新たな自分の誕生の日であり、周りを見つめ直す日なのかななんて思わせてくれました。
この世界はきっと、わたしが思っているよりもほんの少しだけ、優しいのでしょう。