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HARIBOさんのnarcissu 3rd -Die Dritte Welt-の長文感想

ユーザー
HARIBO
ゲーム
narcissu 3rd -Die Dritte Welt-
ブランド
ステージ☆なな
得点
83
参照数
35

一言コメント

「ナルキッソス」をテーマとしたアンソロジー。「各ライターさんに好きにしてもらいました」との言葉通り、各々が独自のスタイルで死生観を表現している。個人的な好みはイリス>メサイア>死神>シーラスの順。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

-Die Dritte Welt-「第三世界」
「テーマを同じとした作品集」とProductで表現している通り、「ナルキッソス」をテーマとしたアンソロジーですね。

ナルキ1で片岡とも氏は「ナルキッソス」はプレイした人がどう感じたか、これが作品の全てと書いていました。
ナルキ2は「片岡とも」の感じたナルキッソスの世界、そして本作はライターそれぞれのナルキッソスの世界。

どれが正解ということはなく、どれも横並びで存在し評価される立ち位置であり、自分の死生観や心象風景をどう文章化できるのかが問われているとも言えます。
だからこそ、完成度の違いが浮き彫りになっているのがなんとも無慈悲。特に際立っているのは「Ciーシーラスの高さへー」ですね、じゃあお前が書いてみろよと言われたらぐうの音も出ませんけど。
これについては各章の感想でいくらか書こうと思います。




〇死神の花嫁


収録作のなかでも「バランスのいい」作品。感動を一義とするならこれが一番です、ザ・泣きゲー。
立ち絵こそ無いですがヒロインの存在感。ホスピスに対する考え方、医師としての在り方などの葛藤はほぼほぼ彼女を中心としており、彼女によって主人公はかろうじて今を生きる理由を与えられています。
後輩の佐野の、過去の自分と重ね合わせる立ち位置も良かったですね。
ギャグもほどほどに差し込まれてテンポの良さに貢献しており、バランスのいいストーリーでした。

続いて気になった部分について少し。
私の好みかもしれませんが「感動」を意識づけるシーンが過剰に感じることです。
例えば電車が雪で運行できないシーン、アクシデントは必要なのでしょうけど、どうにもインスタントな出来事にしか感じませんでした。直前の婚姻届け入りのバッグを盗んだひったくりが罪の呵責に耐えかねた描写はグッと来ただけに、ここからの苦難の連続は少々くどく感じました。
盛り上がりが必要なのは否定しませんが、過度なドラマティックはあまりナルキッソスらしくないなぁと、個人的な感想です。

あと、お父さんが急に出てきてラスボス感を出していた割には退場があっさりしすぎていたのも気になったり。



〇Ciーシーラスの高さへー


大変に失礼な物言いかもしれませんが、型に嵌めたストーリーを書こうとするあまり、表現したいものが伝わって来ませんでした。
ストーリー自体もエロゲのサブヒロインルートぐらいの文量とクオリティです。

出だしからギャグがこれでもかと展開しますが、正直私には面白くない。聞き間違いネタをどこまで引っ張るのかと。あえてピエロに徹することで相手の隙を誘っているような描写がありましたが、ここまでやると害にしかならないです。
切れ者のように描きたいのかもしれませんが、それが伝わるのは序盤の洞察力を開示するところぐらいでしょうか。後半では医師の診断を受け入れられず足掻く熱血無力系主人公にジョブチェンジしてしまいましたし。

たぶん、あの時主人公は相当に苦しんだのですよね、万に一つの可能性を見つけるべく足掻いて、それでもダメな現実に打ちのめされて壁に頭を打ち付けて。それを見たチサトがもうこの人にこんな気持ちを抱かせてはならないと苦渋の決断をする、と。
なのにチサトの視点から見ると驚くほどにさっぱりとしていて後味が残らない。

そもそも二人が出会って惹かれ合う流れも説得力が無いのです、過ごした時間も短ければ出会った瞬間もパッとしない。
エロゲっぽさがありつつ、エロゲの良さを引き出せていないのです。その弊害として一義として書くべき死生観もぼんやりとしてしまっている。

正直な気持ちを吐露させることによるポイント制はラムネの貸し借りシステムっぽくて良いなと思ったりしたんですけどね、でもそう考えるとよりオリジナリティが見えなくなってくる悲しさ……。


無礼を承知で言わせていただくのですが、ライターの練習としてこの場を与えているのでは。

誤解なきように申し上げておきますが、練習であれなんであれ、世に出た以上は「作品」なのですからそれがどのような経緯かは関係は無いです。新人でもベテランでもその作品でもって面白いかつまらないかの客観的評価に晒されるだけで、練習であると同時に本番です。
ただ、最初からうまい文章を皆が書けるわけではないですし、場数を踏んでいく中で実力を伸ばしてチャンスを掴むこともあると思います。
ライターとして籍を置いている人間に、そういう練習やチャンスの機会を与えないわけにもいかないでしょう。ねこねこというか、片岡とも氏には特にその傾向があるように見えますし。

もちろん同人なのですから代表の好きにすれば良いのです。しかし「ナルキッソス」という、ノベルゲーム好きにはそれなりに知れた看板を掲げた本作はこのライターさんには荷が勝っているのでは。
加えて、私が少し調べた限りでは、早狩、ごお氏は同人や商業で一定の評価を得たライターのようです。この面子の中でも輝く成果を残して欲しいという親心なのかなと勝手に想像してはみますが、残念ながらそこまでのクオリティには至れていないと感じました。

さんざんネガティブな感想を書いておいてなんですが、別にこのライターさんを貶すつもりはないのです。
では何が悪いかと言えば、作品形式との相性と言うほかないですね。



〇メサイア


一言で言えば「強い」作品でした。
「ナルキッソス」をきちんとかみ砕いて、咀嚼して、自分の色付けをしっかりとして完成されているのです。原作ナルキの、重厚さよりもさらりとしたどこかメランコリックな雰囲気とは違うのに、確かにこれはナルキッソスだと感じさせてくれる。このライターの感じた「ナルキッソス」を見ることができました、満足。

じっくりと男ふたりの関係性を積み上げていくストーリーの流れは変化に乏しい分、没入感をしっかりと感じさせてくれました。ほぼギャグがないのもその一因でしたね。
2.3時間という短いプレイ時間との相性も良く、良く練られているなと実感したところ。
プロローグに隠されたミスリードにもすっかり騙されて、「あぁ、やられた」と呻いてしまいました。見事。

また、久也の病気は不条理としてナルキッソスシリーズの定番と言っていい要素です、ホスピスを題材にするのならば必要条件に等しく。
この時点で不条理、非日常は患者である久也にあり、拓人にとって久也の看病をしている状態は「日常」だったのですが、そこで起こる拓人の事故死は、主役を一瞬のうちに交代させ非日常、不条理、避けられない死は誰にでもあると強く印象付けてきました。
これが意図したことかどうかはわかりませんが、ねこねこ作品によくある日常から一転する非日常、不条理が描かれていたように感じ、少し驚いた点でした。

個人的にこのメサイアで特に気に入っているのが、主人公が医師としてナチュラルな傲慢さを見せているところです。ヘルパーもそうですね、ナルキ2で姫子がアロアであったときと似ています。
医師も看護師もヘルパーも「手を差し伸べる側」なのですから、無意識的に患者を下に見ることはあるでしょう。それを誤解すると久也の様に「見下されている」と感じてしまうわけですが。
もしかしたら医者側にメサイアコンプレックスに陥る人もいそうですね、あれも自己愛というか自己満足の欠乏ですし。

さて、メサイアとは、ーMessiahー、いわゆるメシア、救世主のことです。

久也にとって、主治医であり共にツーリングまで導いてくれた拓人がそれにあたるでしょう。
逆に拓人にとってはホスピスというものを身をもって学ばせてくれた久也はメサイアといえるかもしれませんし、小児科の手伝いの千尋もそうかもしれません。ちょっと拡大解釈かもしれませんが。
そもそも7階の受け継がれてきた教えは誰かが誰かを想って出来たルールなのですから、誰かが誰かのメサイアと言えるんじゃないかなぁと、勝手に思ってみたり。

ただ、徹夜がわかっているのにバイクに乗るのはなんだかなぁと、バイク乗りとしてはちょっと納得できない思いもありつつ……。



〇小さなイリス


時代的には中世、十字軍の遠征などを彷彿とさせますが、まぁそのあたりはぼかした世界観なのでしょう。
ねこねこ作品に照らすと「銀色」「朱」あたりが似ていますね。
開始すぐに引き込んでくる文章はこれぞ片岡節、これが2時間ほどの間緩みなく畳みかけられるのですから本当に楽しかったです。

ただ、これはナルキなのか、という疑問も多少ありますが、結論から言えばナルキと言う他ないだろう、というところですね。
まず前提ですが、ナルキの起こりは片岡とも氏にあるのですから、死生観やいろんなものを含めてこれが「ナルキ」だと言ってしまえばそれに異を唱えることはできないのです。

そもそも片岡氏の作品は世界観というか、根底で表現したいものは結構共通しているので、言ってしまえば全部ナルキになってしまうんじゃないかなぁと思うのですね。
わかりやすいところで「銀色」「朱」などは死生観をモロに感じるところが多く、雰囲気含めて「ナルキ」だと言ってしまえばナルキなのかもしれません。

私の個人的解釈ですが「不条理に直面した時の生き方や死に方、その決断」がナルキの大事な要素であると思っています。それは病院じゃなくても、ホスピスでなくても、事故や戦争、DV、虐待、何でも当てはまるのでしょう。

「小さなイリス」は世界観が独特なので違和感を覚えやすいとは思うのですが、結局本質的なところはイリスやヨハンの決断です。そう考えると、不条理に直面する彼らの決断は正しく「ナルキッソス」であると言えるのではないかなと。

ただ、他のライターがホスピスを舞台にした、ある意味真っ当なナルキを表現している中で飛び道具めいたこれはどうなのかなぁと思わないでもないです。なんだかレギュレーション違反のような何とも言えない気分。
しかしまぁそれも織り込み済みなのかもしれません、そういう凝り固まった考えに対するアンチテーゼと言いますか。



〇まとめ


「各ライターさんに好きにしてもらいました」との言葉通り、各々が独自のスタイルで表現しているのでどれかは刺さるのではないでしょうか。

個人的にはイリス>メサイア>死神>シーラスでした。

多分、細かいところは口を出していないと思うのですが、用語ぐらいは統一してほしいかなぁというのは少し思いましたね。
例えばQuality of life(クオリティ オブ ライフ)を表現するところで「QL」だったり「QOL」だったり。他にも何かあった気がしますが忘れました。