毎冬にしか帰れない主人公をずっと待っている、深雪。本作は、大きな包容力を持つ深雪姉さんに癒される姉ゲーとして名高い一方で、民俗学と倫理観を語りかけており、奥の深い。相入れぬ決定的な習俗の違いを表現し、かといって陰鬱すぎないように平均台の上を歩くかの如き絶妙なサジ加減。小康状態で物語が進んでいく手腕は見事。そして真に優れている点は、山神である「霜神」という設定をファンタジーにせず、自らの力量で現実路線として物語を歩ませたこと。ライターの力量が光る逸品である。
山また山に 山巡りして
行方も知らず なりにけり
・ストーリー
平山修二は雪国で生まれた。両親が死んだ日、幼い修二は、姉を名乗る少女と出会った
『深雪』という名の少女とは、これまでに面識ひとつない
両親はずっと一緒だったし、以前に子供を作ったとも聞かない
そして、心のどこかでは、彼女が義姉などではないことを理解していた
どこかに寂しさはあったのだろう
今や無人となった実家は広く、寒く、虚しさは募るばかりだった
姉の存在で、失われた家族のあたたかみを少しでも取り戻せるのなら
この時から、修二と義姉はともに暮らすようになった
修二は都会に、深雪はこの家に。だから、それは毎年帰省する一冬だけの間の、短く儚い姉弟関係
慎ましく、ひそやかに、繰り返される一冬の夢――
プレイ時間は18時間。攻略順序は成海→紫子→深雪
姉ゲーとして確固たる地位を築くことで有名な本作ですが、実はそれだけではありません
姉のような大きな包容力と、嫉妬深くて庇護したくなる仕草。それが実に絶妙です
この絶妙なサジ加減が秀逸であり、数多ある姉ゲーを差し置いて、本作が姉ゲーと言われる所以です
もう少し詳しく見てみましょう
深雪と最初に会うのは幼少の頃です。そして、この物語は高校生まで続いていきます
つまり、色々な深雪との思い出の積み重なりを丁寧に色付けさせることにより、
一緒に成長していく姉として、深雪の成長をより一段階上のものへとさせていくのです
そして、もう1つ
重要なのは、深雪は主人公が帰省するとき、冬のごく僅かしか会うことができない点です
一般的な「いつも隣にいて見守っている姉」ではなく、
「冬の数日の間しか会えず、遠い場所から弟の心配をしている姉」を演出することにより、
数日しかない、深雪との儚い逢瀬を、非常に濃いものと昇華させているのです
……既プレイ者に聞きたいのですが、深雪は実の姉で良いのですよね?
主人公が山の民の血を引いており、深雪が祖父と暮らし、弟の主人公が平山家に引き取られた
と最後に提示されたと思うのですが……。なんか実の姉ではないという感想を見たので気になりまして
さて、本作は姉ゲーだけでなく、民俗学としての側面が光ります
一件にして誰もが思う、深雪=霜神(=雪女)という甘い方程式は、簡単に打ち崩されていまいます
意図的に誘導させ、自分が用意した答えを見事に回収する手腕は、さすが、るい智のライターといったところでしょうか
(私はるい智が嫌いですが……)
あえて、里の者(=通常の人間)とは別の存在として、山の民を出してきたのは上手いですね
しかも、山の民の設定を霜神伝説にうまくなぞらえることにより 矛盾を解消しています
「山の民が飢饉のとき、自らの生贄を里の者に与えることで、生きながられた。それが霜神伝説となった
食人としての風習があった過去を忌避するため、里の者が山の民を嫌う
深雪がミステリアスなのは、彼女が霜神ということではなく、戸籍を持たない山の民だから」
見事ですね。一見、ファンタジーに頼ってしまいそうな設定をよもやここまで作り上げるとは
ここまでうまく纏めたのは、そう多くはないと思います
……食人要素なんてファンタジーの極みですか?いやいや、そうはありませんよ?
世界を見ても、1970年代にはウルグアイ空軍機571便遭難事故があり、生存者が食人で飢えを凌ぎました
深雪だって、主人公の両親の肉を食べて生き残っているではありませんか
もうすでに食人は、現代の山の民だって積極的に行う行為ではないのですから
素晴らしいシナリオ展開を見せる本作ですが、最後の救出は残念ですね
あれは、深雪とともに山の民の最期として、吹雪の中で死ぬ(=山に帰る)ことこそ至高だと思いますよ
・総評
姉ゲーとしての側面だけでなく、民俗学としても非常に読ませるシナリオ
うまくプレイヤーをミスリードさせつつ、理にかなう本当の答えを用意したライター
エンターテインメント性はありませんが、癒しと暗い雰囲気が絶妙にマッチングした良い作品でした
今プレイしても見劣りしませんぞ。リニューアル版でなく、初版でぜひやってくださいね
・一言感想の羅列
①紫子・成海・香里と、このゲームのヒロインは感情に身を任せて勝気に流行る子が多くて好き
②一番好きなBGMは「抱擁」。本当に深雪姉さんに抱擁されているような、優しいBGMです
③蝉丸があまり物語の核心には迫っていないキャラだったのは逆にびっくりした
④OP曲「雪催い」。ミステリアスな雰囲気と、落ち着きのある主題歌が、琴線に触れる
⑤深雪との家の中のシーンは、忘れていた日本の冬の情緒がここにある……!と、そこはかとなく思う