ErogameScape -エロゲー批評空間-

G-hunterさんの君と彼女と彼女の恋。の長文感想

ユーザー
G-hunter
ゲーム
君と彼女と彼女の恋。
ブランド
NitroPlus
得点
85
参照数
1962

一言コメント

この今の業界だからこそ、日の目に当たった問題児作品。遙か水月か。雪菜かかずさか。プレイヤーは時として、重大な選択を迫られる。しかし、本作は、これら2つの作品の選択を鼻で笑うように、もう一次元上の辛辣で過酷な選択を突きつけてくる。美雪かアオイか。この逃げ場のない選択肢に対して、一晩中考え抜いても、またはまったく考えなくても、出した答えには紳士であれ。この作品を終えたとき、プレイヤーは今までプレイしてきたエロゲーのヒロインたちに対して、惨めに土下座し、懺悔し、そして許しを請うことになる。そして、私がこの作品に最も感謝しなければならないことは、常々思ってきたkanon問題という古臭い議論に対し、私の考えに最も似た痛快な答えを出してくれたことである。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

それは、美雪に対する裏切りだ。
それは、アオイに対する冒涜だ。


















・ストーリー
毎日は階段のように過ぎていく。

まるでモブのように無個性な主人公・心一。
学園のヒロイン・美雪とは幼馴染みだが、目立ちたくないがために声をかけることもなく、ただのクラスメイトの1人として、平凡な日々を過ごしていた。
そんなある日、親友の雄太郎に呼び出されて向かった屋上で出会ったのは、クラスで浮いている電波少女・アオイ。
「ビリビリ、するの?」そんな言葉とともに、突然キスを迫られた心一。
偶然居合わせた美雪に助けられ、なんとかその場は切り抜けたが、それ以降アオイに奇妙につきまとわれることになる。

友達もなく、人間らしい感情を持たないアオイ。彼女に友達との付き合い方を教えてやりたくて、意を決して美雪に頼み込み、3人で時間を過ごすことに。
日が経つにつれ、徐々に人間らしい感情に目覚めていくアオイ。
一方美雪も、幼い頃無理やり押さえ込んでいた心一への思いが蘇り、徐々に主人公との距離を詰めていく。せっかく友達同士になれたのに、日に日にギクシャクしていく3人の関係。

ずっと、一緒にいられると思ってた
でも、3人ではもう、いられない
主人公が選ぶのは美雪か、それともアオイか……?



プレイ時間は18時間。攻略ルートは、美雪→アオイ→????→最後の選択

最初はまったくのノーマークだったのですが、ニトロが問題作を出したというoku_bswaさんの感想を見たその瞬間から購入を決意し、その日のうちに購入しました。
USBメモリという媒体、それに伴う超小型のパッケージ、箱を開けると出てくる自分を照らし出す鏡。
何もかもが新しい試みだったのではないでしょうか。
その新しい試みは本作品の随所に現れ、終わってみればその演出には舌を巻きます。
「いったいどうやってプログラミングを組んでいるのか」という表面的なことから、「いったいこの作品で何を伝えたいのか」と深層まで、プレイヤーは自問することになることでしょう。

カミサマはヒロインの象徴的存在であるイデアであり、カミサマの意思に従って、アオイは作品ごとにその姿を変え、イベントCGを集めるよう、奴隷のように使役させられています。
美雪はこの世界の仕組みに気づき、「君」ことプレイヤーに向けて無限の愛を得ようとあらゆる努力を重ねます。
そんな世界を知ったとき、プレイヤーは果たして誠実に選ぶことができるのでしょうか。
主人公ではなく、画面の前の「プレイヤー」がそれを選ばなければならないのです。
漫然と使い捨てのようなヒロインのCGを集めるだけのように停滞していた業界に、ズバッと切り込んでいった、なんとも勇気ある作品です。
この業界に停滞感が蔓延っていたからこそ、本作は注目を浴び、映えて見えます。


遙か水月か。雪菜かかずさか。その究極の選択に対して、プレイヤーはとても狡賢い立場です。
なぜなら、両方が結ばれる結末を見てしまうことができるから。漫然と、息を吸うように、当然の行為として、それを行うことが出来ます。
このことは、どちらか片方を受け入れ、どちらか片方を切り捨ててはおりません。真の意味で究極の選択を選んでいないのです。
だが本作はどうなのでしょうか。
他2作品と同じように、最後に美雪かアオイかを選択しなければなりません。
しかし、他2作品と違うところは、一度選択したらもう片方のENDは見ることができないのです。
このことは、片方をクリアしてしまうと、OPムービーで選ばれなかった片方は現れることなく、またCGやシーン回想にも出てこない徹底ぶりです。
遙か水月か。雪菜かかずさか。の選択よりも、さらに一ランク上の、究極の選択としてプレイヤーに立ちふさがっているのです。
「何いってる、アンインストールしてもう一度最初からやれば両方見れるじゃねーか」という人は、いないでしょう
万が一、そんな方がいらっしゃったとしても、本作の主題をわかっていながら、あえてイジワルしている方に違いありません


さて、いきなり話題が飛びますが、もし自分がエロゲーのヒロインだとわかったら、どう行動するでしょうか。
このことについて、実は私は前から考えたことがあります。いい年こいたおっさんが何を考えているのでしょう。
結論としては、どんな手を使っても他のヒロインを蹴り落とし、体を使ってでも主人公を奪い取る。こう考えておりました。
それは逆を言えば、主人公と結ばれなかったヒロインは幸せになれず、不幸として過ごすことになると考えていたに他なりません。
主人公に選ばなかったヒロインの未来はそこで閉ざされてしまう。そう思っていたからの発想です。

美雪も同じ思いでした。
永遠の愛を誓っておきながら、当然のようにプレイヤーはアオイへと「浮気」をしました。
主人公と結ばれない未来というものは、とても怖い。不幸になるのではないか。プレイヤーの本当の気持ちを信じたいけど信じられない。
そんな美雪は、どんな手を使っても他のヒロインを蹴り落とすために、世界を変えた。プレイヤーを「世界」に閉じ込めました。
もうそこには、プレイヤーは美雪しかいないような世界にするために。ヒロインは自分1人であり、他のヒロインがいないのであれば、競合するはずないでしょうから。

しかし、主人公に選ばれなかったヒロインは、本当に不幸になるのでしょうか。
むしろ本当に不幸なのは、主人公のせいでいくつかの幸せな未来を改変させられてしまったことではないでしょうか。
この物語の美雪も、主人公以外とは結ばれない「呪い」のせいで、幸せな未来を全く歩むことができなくなってしまいました。
こちらのほうが、ヒロインを選ばなかったこと以上に、ヒロインの意思を踏みにじり、そして冒涜しています。
美雪は作中では、何度も選択肢を選んで「幸せな未来を歩めないのだから、主人公と結ばれること以外に幸せになれない」という結論にたどり着いたからこそ、上記のような気持ちになり、ゲームを改変してプレイヤーを「世界」に閉じ込めたのです。
つまり、この作品が表現したかった本当の意味は、主人公からヒロインを解放することにあるのではないでしょうか。

もう10年以上も前にkanon問題という問題が提起されました。
簡単に言えば、「あるヒロインのルートに入らなければ、別のヒロインは不幸な目にあったままである。では、皆を救うにはどうすればよいのか」という問題です。
たとえば、主人公が栞を救ってしまうのであれば、舞は永遠と夜の校舎で一人で魔物を狩ることになる。
そうすると、舞が救われることはなく、不幸な目にあったまま終わってしまうという理論になります。
この理論に対しては、パラレルワールドのような平行世界説を有力説として、さまざまな議論をよんできました。

私はkanon問題というのはとても独善的で嫌いです。大嫌いといっても差し支えないです。
はたして、ヒロインは主人公でなければ本当に救うことができないのでしょうか。私はそうは思いません。
たとえ、祐一が栞を救ったとしても、舞は別の人物によって救われることでしょう。
なぜなら、たとえゲームであっても、現実社会と同じく、主人公は代替可能な1つの歯車の部品にすぎない。
主人公でなければ救われない、というほど主人公は偉くて絶対な存在ではなく、むしろ無限に代替がきく存在であります。
主人公の唯一性は、主人公にしか救うことのできないというヒロインの蔑視と、表裏一体の関係になります。
主人公の絶対性を否定し、ヒロインと主人公の人権を同じ立場で考えること。このことが私は必要だと思っております。

その主人公の絶対性の否定を、ととの。はやってくれたと思います。
世界が物語のスタートに戻るのであれば、美雪は他の男と幸せになる結末が復活します。
そして、美雪ENDの1つである、最終的にはドラマのヒロインとして抜擢され、同じドラマの男優と結婚して幸せになる未来が開けます。
ヒロインを幸せにできるのは、何も主人公だけではないのです。作中の表舞台にあがらないキャラでも、ヒロインを幸せにすることが出来ると確信しています。
私のkanon問題に対する答えと似た答えを提起した点において、私は本作が好きで、支持したい作品です。

これは全くの余談ですが、ヒロインを真の意味で救うには、主人公からの解放ではなく、もう一次元上の「ゲームから解放」させる必要があるのではないでしょうか。
定められたプログラミングというゲームに未来を縛られない、ヒロインが自由に自らの世界を歩める世界。そうなってこそ、真の意味でkanon問題は解決されると私は信じております。
いったいどうやってそれを可能にするのか。そんなことが出来るのか。 その答えがいつか提出されることを、私は非常に楽しみにしております。



・総評
今の勢いのない業界に対して真っ向から疑問を呈した、問題児であり異端児である作品です。
人生にifはない。たとえ、ゲームであっても。自分が決断した選択には紳士であれ。
この作品は、いままで「選択」をしてこなかったプレイヤーに対して、その絶対性と唯一性に異議を申し立てる、勇気ある作品といえましょう。
今まで、ヒロインの本当の人格を見てこなかった我々は、今までのヒロインたちに対し、土下座して懺悔する必要があるのではないでしょうか。



・一言感想の羅列
①本作は「純愛」らしい。愛は1つでなければならないのか。そもそも純愛とは何なのか。いずれ、そのことも書きたいなと思っております
②「君に言ってるんだよ」 ――ビクッ!!
③減点する要素があるとすれば、バグ・1人を選択した後のエピソードの少なさ、このあたりでしょうか
④途中で美雪がプレイヤーとセックスしはじめた場面を見て、「舞プラス」を思い出した人は少なくないはず
⑤この作品を教えてくれた皆さま、そして生暖かい目で見つめてくださった皆様に最大限の感謝を。ありがとうございました