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G-hunterさんの暗い日曜日 -Sombre Dimanche-の長文感想

ユーザー
G-hunter
ゲーム
暗い日曜日 -Sombre Dimanche-
ブランド
ZIGZAG[noir]
得点
80
参照数
724

一言コメント

昨今でよく嘆かれる「最近は筆力のあるライターはいない」という言葉。その言葉を発したプレイヤーを黙らせるほどの圧倒的な力強さをテキストから感じます。特に、終盤から畳み掛ける展開はプレイヤーをグッと惹きつけ、離すことを許しません。一貫したテーマ性を、他ではほとんどみられないだろう柔らかなCGで表現させる手法はまさに圧巻。恐ろしいまでに暗い要素で塗り固められながら、その輝きを内に秘めている作品。家族のあり方については、「CLANNAD」や「青い涙」等とは真っ向から対立する書き方なれど、前者よりも遥かに強烈に、プレイヤーの胸を打つでしょう

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ただ僕は、家族が欲しかったのだ
――何もない
――誰もいない
たったそれだけの事に、僕はもう耐えられない













・ストーリー
雨の降りしきる6月の地方都市。人気のない深夜の路上で、全国を震撼させる連続猟奇殺人事件が発生した
喉を裂き、腹を暴くその手口から、犯人は「現代の切り裂きジャック」だと噂されるが4人目の犠牲者を最後に犯行は終息
警察による捜査の手が及ぶのを恐れたのか、それとも次の犯行に備えているだけか
謎と恐怖を残しながらも、次第に人々の間で、「切り裂きジャック」の存在は薄れ始めていた

―― そして10月。再び雨の季節が巡ってくる

他者を拒絶し、閉鎖的でありながらも平坦な日常を送っていた主人公は、ある夜、悪夢の中で巨大な斧を手にした兎のぬいぐるみに遭遇する
目覚めた主人公の前に待っていたのは、現実の形を装いながらも、徐々に狂気に侵食されていく、まさに”悪夢そのもの”の世界だった
暗い日曜日の歌に溺れながら、浴槽で自殺した母。日曜日の学校にしか存在しない双子の弟。家族の死が原因となって走れなくなった陸上部の後輩
降り止まない雨の中、主人公は”出口なし”の世界を彷徨い続ける。その先にある”真実”の姿も知らずに――



プレイ時間は16時間。攻略ルートは様々なENDに遭遇しながらEND20まで
恥ずかしながら序盤は時系列が全然理解できず、プレイしていて「なんだこりゃ」としか思いませんでした
しかし、全4つあるストーリーのうちの2~3あたりからは全貌がハッキリとしはじめ(そもそも3のラストで記者が事実を物語る場面がある)、その意味では種明かしでもなんでもありません
ところが、客が種を知っていたとしても魅了させるのが、この「暗い日曜日」というマジシャンです
なぜこの作品が人々の心惹きつけて離さないのでしょうか?

このゲームの最も評価するところは、そのシナリオの筆力……ではなく、PCゲームにおける完成度の高い複合性にあるのではないでしょうか?
柔らかな(色)鉛筆で書かれたかのような絵で、キャラクターを柔らかに紡いでいるCG(特に構図がとっても素敵です。何気ないシーンから切り抜いてきたかのような。つまり違和感を感じさせない)
BGMはもとより様々な生活音(ドアの開け閉め、徒歩のSE等)、二人を祝福するかのごとき歌声
この1つ1つの要素がしっかりと重なり合い、「暗い日曜日」という作品を2倍3倍にも彩っていることは非常に高いポイントです
もちろん、シナリオもプレイヤーの心をグッと掴んでいます。兎の人形の真相とか。一番の見せ場ですよね

さて、「僕は、兎に殺される」という強烈なキャッチコピーで心を掴まれたわけですが、今作のテーマは間違いなく「家族」です
父親に虐げられ、母親との関係が拗れた(あえて、母親に裏切られた。とは書きません。理由はプレイした人にはわかりますね)真人
架空の【弟】を作り上げてでも、自分を、帰る場所を守ろうとしました。そうでないと自分の存在が消えてしまいますから
一方で、母親の死を発端にやり場のない感情が暴走し、【弟】は次々と殺人を犯してしまいます
その被害者の弟であった真紀という外部の人間から、自分を晒されることに戸惑いを隠せない主人公。罪を糾弾されるはずの自分には生きている価値はあるのだろうか?

「家族」という主人公の唯一の拠り所から解放し、外部(真紀)へと誘うことがこの作品のゴールといえましょう
その過程において、家族に対する思いの強さ、重要性を存分に書き上げています
特筆すべき点として、警察官としての兎、首切り役人としての兎の相反する描き方が実に見事です
兎のヌイグルミは、母との絆の象徴。これを受け入れるのか、拒絶するのか。これを兎に喩えることで見事に表現しています
時系列はわかる。真相はわかる。結末はありそうな物語。しかし、こうもプレイヤーを魅了する作品はそう多くはないでしょう
それにしても、【弟】の「雨や兎は羊水と同じさ。胎児は夢を見るのに適している。目覚めるから苦しむんだよ」発言。なかなか洒落ていますよね
でも、目覚めたらより良い夢を味わえるかもしれない。作中で雨が晴れ、2匹の兎がいなくなっても、主人公は良い夢に向かって歩き始めたのだから



・総評
主人公の生い立ち、作中の過程、作品の雰囲気とどれをとってもマイナス要素でしか構成されていません
しかしながら、負の要素が昇華されて外へ飛び出す最後の場面はなんだかプレイヤーの心を晴れ晴れとしてくれます
最後まで一貫したテーマ性を書ききった筆力。シナリオ、絵、音楽が密接に合わさることで、作品は4にも5にも高められる
自由に自分自身を表現する同人ゲームとして、あらゆる要素を複合させてより高みを目指すPCゲームとして、この作品の価値は高いです



・一言感想の羅列
①「耳朶」という単語が、ライターはきっと好きとみた
②一番好きなCGは、屋上で真人が正人に刺されるCG。次点はクラウチングスタートの体勢の真紀とそれを図書館から見る真人
③狼と兎の絵はシンプルながらも、強烈な悪意を表しています
④巻き込み自殺を図る女の子がとっても可愛い。こんな子に堕胎を強要するなんて。よし、もう一度保健医を殺そう
⑤よくわからなかったのが、町中の人・レポーター等が兎に見える場面。彼らは狼ではないのか?と思う
⑥ずいぶん前にパッケージ版で買ったのに、今の今まで積んでいました。丁寧でコンパクトな包装が、この作品と似ています