私たち日本人が内的に累々と受けついできた伝統的精神に根差した物語。
私が本格的に民俗学を紐解き、熊野の地を踏むきっかけをつくってくれた作品でもある。精神病理学の主題に加え、民俗の分野を大きくとりあげた作品であり、神話や民間伝承についての挿話が随所で展開された。三重・和歌山を覆う熊野の習俗を多分に映しだし、烏を霊鳥視する文化や滅罪信仰、浄土信仰など、熊野の民俗が随所で生きた、文化についての物語でもある。さらにKey特有の家族の主題については言を俟たないが、著しく内側に閉じた日本の家の特質が、累々と悲劇をもたらす「うちの文化」の矛盾を突き詰めており、覆すことのできない大きな力と主体的自己との軋轢が、本作の大きな特徴のひとつであったと言えるのではないか。その根底にあるのは、「家」という“物語”とどう付きあってゆくのかという、物語文化への問いかけでもあったように思う。