ノベルゲームに文学の色をもちこんでくれるルクルの物語は読んでいて本当に楽しい。
前作『紙の上の魔法使い』で提出された主体性の問題を敷衍し語りなおした物語。また前作よりもさらに文学的な主題が多く盛りこまれた興味深い一作でもある。西欧古典文学における悲劇の型を援用しつつ、感情的な物語ではなく理性的な物語として、あくまで現代の寓話をつくりあげたルクルはさすがである。本作における善悪についての諸々の問題提起は、絶対的な価値の存在を許さないものであり、英士たちは一意的な価値の崩壊に見舞われる。確かなものがなにもない世の中で、「なにをしたいか」を自身に問いつづけ、自分の意思を寄りどころとし決断を下す果断な態度が、善の選択として正当化されうる唯一の選択肢なのである。答えの出ない複雑な問題を前にして、覚悟をもってひとつの道を選ぶ主体性を問題にした、美しいほどきれいにまとめられた物語であった。個人的には、“役割同一性”の主題が、かなり切実なものとして心に響いた。役割変化の主題はノベルゲームになじみ深い主題でもあり、不連続の連続としての自己の問題も然り、精神病理学的主題を今後もルクルには書きつづけてほしいと思う。