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Eleanotiteさんのsense off ~a sacred story in the wind~の長文感想

ユーザー
Eleanotite
ゲーム
sense off ~a sacred story in the wind~
ブランド
otherwise
得点
80
参照数
1007

一言コメント

メガストア収録ということで、ネタバレがなくプレイ前に読んでも意味がある感想を目指して。むしろプレイ前、再プレイ前に読んでほしいものを。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

この作品をプレイした後、なんだかよく分からないなぁ、と感じた。こういう事とこういう事が起こって、物語はこう終わった。それは分かる。けれど、その事象と事象の間が埋まらない。
それは原理的に埋まらないのではない。埋めるための論理はどうも作中に散りばめられているらしいという予感はあるのだが、それを自分の中で構築するのはひどく困難だと感じてしまうのだ。
その空隙を埋める論理を求め、様々な人の感想を読んでみても、やはりなかなか書いていない。
しかし「空白を埋めるだけの材料がプレイヤーには与えられているのか」については一応の肯定をしている方がいらしゃった。
私もこの点については肯定派である。いや、これについてはどうしても、与えられていると`しておきたい`。
こんなただの希望じみたことを言うのも理由があり、それは明確な根拠がないからである。
なんだそれと思われるかもしれないが、これは作品をプレイすること全体を通して得られるいわば予感としてしか肯定できないのである。
「空白を埋めるだけの材料があるはずだ、いや、あって欲しい。」という無根拠な願望ではない。
各√をプレイして、これはどういうことだったのだろうかと考える時に、ふと頭の中にある一つの予感であるのだ。
誤解のないように一応言っておくが、プレイすれば全員この`予感`を覚えるはずだという強い主張はしていない。全体をプレイして「この作品には事象間を埋めるだけの材料は無い」と思われる方がもしいらっしゃるのであれば、それはそれで一つの終着点であろう。
また、「空白を埋めるだけの材料がプレイヤーには与えられているのかどうか」について考えるということ自体が、作品を終えてこれがどういうものであったのか考えることを契機としている点についても触れておきたい。
「sense off」という作品は、物語の意味が何であったのかを考える事をしなければ、そもそもその土俵に立つことさえも出来ないと感じている。
始まりは間違いなく此処にある。そこへ留まろうとも、そこから何処へ行こうとも、それは各人の勝手だ。

では、次に問題となるのは「事象と事象の間を埋めるだけの材料があるとすると、どうしてその作業が困難なのだろうか」ということだ。
原理的な困難は大きく分けて二つ存在する。
これを説明するためにまず、積み木を説明書通りに組み立てることを想像してもらいたい。
積み木とはプレイヤーが作中の材料から解釈することで所持できる各人固有のものであり、説明書とはプレイヤーが作中から解釈する積み木の組み立て方の指南である。
積み木の形自体は人によって一致することもものもあるだろうし、一致しないものもあるだろう。説明書も同様である。
一般に、製作者がプレイヤーの積み木、説明書それぞれを完全に一致させる意図があったかどうかはなかなか知る由がないが、解釈の幅という意味での枝葉末節は除くとして普通は一致させる方向に進むだろうということは納得できる。
これは、美少女ゲームという媒体の主な情報伝達手段である言語の持つ意味の確定性に規定されていることも要因となっている。
本作に限って言えば、『「Sense Off ~a sacred story in the wind~」オリジナルサウンドトラック&パーフェクトドラマ』のブックレット内の元長氏の発言により氏の中では事象間の溝を補完する論理があることが示唆されており、理想の説明書の存在の保証が一応は為されている点は安心できる。
逆に言えば、プレイヤー大多数の説明書と製作者の説明書が食い違っていた場合にどちらが理想の説明書なのかという問題を置いておくとしても、理想の説明書の存在以外は何も保証されてはいないのだ。
このことが困難部分の肝になっているのである。
そもそも、事象間を埋める作業が困難であるとはどういうことを指すのだろうか。
積み木を説明書通りに組み立てることが全く困難でないとは、各人の積み木も説明書も殆どが一致するので結果的に皆で同じ様な物体が出来上がることを指す。
雑な言い方をすれば、キャラゲーは「かわいい」をただ皆が皆思い思いに積み重ね、結果として「かわいい」という点で同質で同じような物体が出来上がる。こんな作業は楽の極みである。
こんな状況が実際にあるのかは分からないが、積み木も説明書もきちんと根拠があるのにいざ組み立ててみると各人バラバラの形になった、なんてことはやはり作業に困難が生じていると言えるのではないだろうか。

しかし、本作における困難とはもっと根本的なものである。

まず、一つ目の困難は、積み木はプレイヤーの解釈により形が定まるのであるが、その解釈が全くの間違いになって砕けてしまう可能性を積極的に否定出来ないという点である。
それは、自分の解釈が正解であると積極的に言えないということでもある。
本作の作品設定、及びそこで起こる種々の現象下では解釈の幅が広くなりすぎてしまい、各人の解釈でしか補えない溝がどうしても多くなっているからだ。
ともすれば砕けてしまう積み木の上に、さらに砕けてしまう可能性を否定出来ない積み木を組み上げていく。それを延々と繰り返して漸く事象と事象の間を全て埋めることができる。
これほど苦しいことが予想される作業を前にすると、誰もが投げ出してしまいたくなるだろう。

さらに、二つ目の困難が横たわっている。それは、説明書にも積み木と同じように正解であると積極的に言えないということである。
積み木自体の間違いの可能性のみならず、その積み上げ方にも正解の確信を得られないのだ。
これも本作の作品設定、及びそこで起こる種々の現象下では解釈の幅が広くなりすぎていることが原因だが、理想の説明書の存在は保証されているという点で積み木のそれとは異なっている。

このように困難を分割してその中身を見てみると、本当に手のつけようがないように感じる。
だからこそ、発売から15年経った今でもその解釈が自分の知る限り一つも出ていないのだろう。
今回のメガストア収録によって多数の人に行き渡り、これをきっかけとして一つでも全体を通した解釈がなされ、表現されることを願っている。


「sense off」という物語の意味が何であったのかを考える事を始点として、事象と事象の間を埋める作業の困難を理解しながらもそれを受け入れ、なんとかして一つの解釈を形にする。
その一助にこの感想がなったとすれば、これほど喜ばしいことはない。