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ERSRさんのつくもの ~やどりぎロマンス~の長文感想

ユーザー
ERSR
ゲーム
つくもの ~やどりぎロマンス~
ブランド
XUSE
得点
88
参照数
404

一言コメント

ノスタルジックで味わい深い成長物語の傑作、と言うにはほんの少し何がが足りない。だが、ちょっと待って欲しい。毎朝起床して、朝ご飯を食べて、学校に行って、教室で過ごして、帰宅する。この流れを毎日ここまで丁寧に、かつ、冗長にならずに興味深く読ませる作品があっただろうか。いや、ない。こういう優れた作品が埋もれ、過小評価されているのは悲しい。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


絵、BGM、CV、テキスト、キャラクター・シナリオ構成にほぼ隙が見当たらない。
ジャンル的には成長物語+恋愛といったところだろうか。
隠し味として伝奇要素が入っているところが巧妙だと思う。

BGM、なんと30曲。
明らかにプロの仕事と分かる質の良い楽曲。
それは置いておいて、
本作の魅力はまず何といっても触手・麻呂と主人公との語らいにある。

主人公・巡は、分類的には典型的な「鈍感主人公」に当てはまるタイプ。
だが、それでも読んでいて不快にならないのは、
質が良い、写実性を重視した簡潔なテキストのおかげだ。

そして、大人な視点を持つ麻呂とのやりとりが最高に楽しい。
「痴れ者が」と罵られつつも、様々なことを教えられる主人公。

落着きと色気のある麻呂の声が心地よく、時には暴走し、
時には良い教師となるところなど、触手の形をしていてもその人間性が
よく伝わって来る。

謀略に嵌められ、孤独の内に死んだ元・平安貴族というぶっ飛んだ設定が
見事にハマっていたのが凄い。

ヒロイン的には幼馴染の天音が凄い。
何か凄いかというと、CV:青山ゆかりの演技が素晴らしい。
キャラクターとのシンクロ率の高さが神がかっているこの感じは、
やはり実力のある声優だからこそ生み出せるものだろう。

キャラクター的には本当に全員よく作られていると思う。
クラスメート・大樹の造形(外見・声)など、不快にさせない工夫も見える。
ルートごとにシナリオの方向性が異なっている点も、プレイヤーを飽きさせない。

また、画面構成・演出が良かった。
アップになったり、透過処理がされていたり。
本作ではそういった演出が効果的に使用されていた。

全編に漂うノスタルジックさと、リアルさ。
2009年という隆盛期に発売され、分類が難しいシナリオと、
派手さに欠ける点がセールス的には厳しかったのだろうか。

それでも、この作品は傑作であると思う。
事故で家族全員を失い、人間の愛情を恐れる孤独な少年が、
不可思議なメンターと出会い、他者を思いやれるまでに成長する。

そのテーマ以上に、作り上げられた空気感の心地よさ・面白さが
紙芝居ADVとしては理想的だと感じた。
120点の部分は無いけど、総合力の高さで常に85点を維持する、良い仕事。

萌えゲーや燃えゲー、遊べるゲームは多数あるが
オンリーワンの魅力を持つこのような作品は貴重だと思う。