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Ayukananさんの紅殻町博物誌の長文感想

ユーザー
Ayukanan
ゲーム
紅殻町博物誌
ブランド
raiL-soft
得点
91
参照数
87

一言コメント

趣ただよう紅の町

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 果たして出会いは数年前・・・否、十数年は前か。
 その個性的なタイトルと絵柄がずっと私の心に引っ掛かっていたのは、そのくらい前だっただろう。少なくとも発売当時でないのは確かで、それは実に惜しむべき事案だったと、こうして何とか紅殻町という完成された作品世界から帰還できた今だからこそ痛感している次第である。
 奥行き感じる世界観、真にその町の住人と思えるキャラ達。私が朴訥な大学生主人公・宮里智久と共に旅できたのは紛れもなくライターの筆力の高さ故だ。
 詳述とすら言える描写や、ワザと難解な単語を用いて綴ってゆく様は、当時はおろか今現在でも類稀だろう――“エロゲは文学”を示してみせた一本ではある。
 しかし
 何事も良し悪し長所短所がある。せっかくの精緻な文章力とて、ローアングルから見上げれは違った景色に映るもの。だからこの作品のレビュゥでよく耳目する「人を選ぶ」「文章が難解」云々には頷かざるを得ない。「慣れれは~」とはエロゲに限らず、あらゆる個性的な創作物に添えられる前菜だが、悲しいかな大方の大衆はソレ以前に心のワゴンに放り投げてしまうのだ。
 正直私も序文の時点で「お、おう」とは思ったものだ。だがそれを覆し、この嫌でも「文章以外は添えるだけ」を貫く作品世界に没入できたのは――旅する野生児・人見十湖の存在であろう。

 思えば紅殻町の出入り口には常に彼女がいた。

 神出鬼没で掴みどころが無く、不躾で失礼千万。しかしそれでも宮里青年と同じくこの野シ◯ン女を心底から嫌いになれなかったのは何故だろう?考えたくもないが、こうして「ふぅ」とヒトイキ吐いてみると・・・憎めない人の良さかも知れない――そういうことにしておく年度末の某日。
 おそらく序文で出てきた彼女も彼女なのだろう。無鉄砲な鉄砲弾のようでいて、しっかり己の本懐を遂げようと虎視眈々してたのはイイギャップだったな。惜しむらくは、もう少し異世界人?来訪者?越境人?の伏線を見せてくれてたら、紅舞い散る最終地下奇港で心地よく旅立てたものを。

 未亡人・松実氏も良かった。純然熟々な近所の幼馴染?お姉さんポジ、さらに前夫ありで処女厨憤怒!だったら尻穴の処女奪えばいいだろっ!と股以外も開き直った展開には恐慌を禁じ得なかったわ。夜市でのへべれけっぷりにも大人の色気とお茶目が出てて・・・。
当然、紅舞い散る最終地下奇港では居残り組よの!まぁ彼女まで行ったら蛻の殻だしなぁ・紅殻町だけに。

 モノホンの渡来人、こちらは叔父ならぬ祖父の影響で御御足を沼に侵すのも厭わぬ金髪外人エミリア。このお人好しでむっつり美女は、境内マグワイヤーの儀で予想通りの発情ぶりを見せてくれた。夜の小舟デェトでの身の上話なぞ白きモノと共に身から抜け出てったわ・・・後日談の這い寄るエミリアさんはホラーでしかないですわ。
 そら紅舞い散る最終地下奇港では居残り組だよね

 十瑚が野性的“動”ならば、彼女と双璧をなす宵待白子という少女は“静”的な存在なのだろう。
 紅殻町で産まれ育ち、この町を愛し古きを守りたい、しかし時代の波も理解できてしまう知恵足りる文学少女にとって、あの日あの時あの博物館で出会った宮里智久という同志は運命そのものだったろう。あえて孤高?孤独にある彼女と青年が惹かれるのは無理もないか――映画館の主人は犠牲になったのだ。
 ぼぅとしてるような白子だが、その言動はちゃっかり狡猾さが滲み出ていた。忘年会の一幕はその最たるものだろうし、夏に別れる際にも他の三人よりも深く青年に踏み込んでいたように思えたわ。
 紅舞い散る最終地下奇港では・・・てっきり居残り組だと思ってたよ。まさか「オレは“この”紅殻町を捨てるぞォォォッ智久ッ!」とは予想できんかった。そら、望んでも望み得ぬモノ・全ては遠き理想郷という「願望」をぶら下げられたらイクわな。
 だがちょいと待ってほしい。結局白子は「今を生きる紅殻町&人々」よりも「自分が想う停滞静止した紅殻町」
を取ったということか?・・・それはある種の、最大の自己中心的愛情であり実に彼女らしい。同時に思春期的思考が宵待白子にもあったという安心が。学校の級友らとは永遠に相容れないのは御愛嬌。

 さて余も老けてきたので締めるとしますか。
まさに「わかってくれる人だけ大事にすれば良い」を地で行った珍作だったな。見事な面白さだったが、学が無い故ほぼ常に電子辞典とにらめっこしてたんで完走が遅れたわ・・・
 最後、シナリオ的に追加して欲しかった箇所が少々

・夏の別れ、冬の再会。その間、彼女たちがどう過ごし、いかに宮里智久という一夏の出会いを想っていたのか?ザッピングで描写してくれれば更に再会が熱くなったろうに・・・
・帰宅の原因となった片岡の爺さんの孫――つまり真の幼馴染たる片岡志乃にも描写と顔が欲しかった。このライターならば必ずや「魅力的な攻略不可キャラクター」と思わせるヒロインを描けたものを・・・
・全ての元凶たる叔父貴がなぜ「境界人」となったか。十瑚が表の薇ならば彼は裏。その二本の大車輪が智久を、轢いてはこの『紅殻町博物誌』を牽引してきた筈だ。ならば相応の肉付けがあって然るべき・・・ん?智久くん、ウチら携帯式キネマハウスだけ体験してなくない?