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Atoraさんの日向千尋は仕事が続かないの長文感想

ユーザー
Atora
ゲーム
日向千尋は仕事が続かない
ブランド
スミレ
得点
85
参照数
399

一言コメント

たとえば、30代未婚男性には刺さってくる作品。男の理想を見せてくれると同時に、非実在系ヒロインの尊さと喪失感を味あわせてくれる苦みを含んだ短編だと思う。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 晩婚化が叫ばれて久しいが、この作品はエロゲーだからこそ成立する内容であろう。
「美人で優しくて、スタイルも良くて、おまけに料理上手な超家庭的な女子代表の千尋ちゃん」を、
好きにならない男などいるはずないからだ。作中での自称は、決して誇大妄想などではない。
ところが現実は厳しく、“いい女”から早く売れてしまうし、“いい男”だから選び放題である。
もし日向千尋が現実に存在していれば、真っ先に売れてしまう優良物件だっただろう。

 作中では男と女の曖昧な距離感が上手く描かれ、まるで短編洋画を見ているかのような雰囲気が漂う。
ラブ・ロマンスほど熟した関係ではないものの、お互いの心の足音が近づいていく様が聞こえてくるかのようだ。
たとえ結婚へと至る核心的な描写がなくとも、彼らはきっと“うまくやっていける”。
日常描写やベッドシーンの片隅から拾える愛情表現に、そんな確信めいた説得力を感じさせた。

 物語に説得力があるからこそ、この作品には苦みもある。
日向千尋を“いい女”だと認識すればするほど、プレイ後の虚脱感は大きくなる。
ある時期を境に、“いい女は早く売れてしまうもの”と知るからだ。
もし、プレイヤーが大学生であるならば、もう少し感覚が違うのかもしれないが、
おそらく結婚適齢期付近の未婚男性には“心が痛い”作品と成りうるかもしれない。

 無駄を削ぎ落した短編だけに、ヒロインの魅力が作品のウェイトを占めている。
日向千尋という一人の女性と添い遂げたいプレイヤーがいてもおかしくない。
恋愛の出発点と終着点、非実在系ヒロインへの羨望を一か所に閉じ込めた力作だと思う。


【雑記】
“仕事が続かない”というダブルミーニングが実にハマっています。

オープニングのイントロのピアノが実にお洒落。
千尋の心の迷いを表現しているようで、聴き応えがあります。