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Atoraさんの喫茶ステラと死神の蝶の長文感想

ユーザー
Atora
ゲーム
喫茶ステラと死神の蝶
ブランド
ゆずソフト
得点
80
参照数
2622

一言コメント

あえて断言する。この作品はメインヒロインの選択を誤った。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 攻略不可、脈無し、設定上の都合。私たち人間と同様に、キャラクターの中には恵まれぬ待遇で世の中に生み落とされる者たちがいる。この作品に登場する汐山涼音もその一人だ。彼女が不幸だったのは、メインヒロインを凌ぐ活躍をしながらもサブヒロインとしての地位に甘んじ、満ち足りた恋愛模様を与えられなかったことにある。

 なぜサブヒロインである彼女を真っ先にレビューの俎上に載せたか。それは、彼女がメインヒロインであるかのように錯覚させるほどの魅力的な存在として、私の目に映ったからだ。いずれの個別ルートでも満遍なく登場し、働く女性のカッコよさをそのミニマムな身体(失礼!)に惜しげもなく詰め込んで、忙しなく働いている。それにもかかわらず、あどけなさの残る外見やズボラなオフタイム、恋愛に超奥手な性格といった彼女特有の雰囲気がギャップを感じさせ、庇護欲その他もろもろがブワッと掻き立てられたのだ。

 本作のストーリーはファンタスティックな喫茶店もの。大学生である主人公がひょんなことから喫茶店でバイトをすることになり……という割とオーソドックスな内容だ。その喫茶店で、物語が二転三転しつつも料理場を仕切ることになる人物が汐山涼音その人である。主人公の立場を考えると、彼がその日に出勤してから職場で最初に出会うのは、涼音であることが圧倒的に多いように思える。お菓子の下準備を滞りなく終わらせ、営業中に安定した味の料理を提供できる登場人物は、プロの料理人である涼音をおいて他にいないからだ。彼女の流れるような手さばきを間近に見て、主人公が彼女に憧憬の念を抱くのは、いたって自然な流れだ。

 料理を作っている涼音のCGが作中に用意されていないのは残念だが、その有能ぶりは作中における数々の描写から容易に推察できる。登場シーンこそ少し遅れたが、彼女は作中を通してお店の味であり続けた。製菓に関する高度な知識を持つ彼女が紡ぐ言葉と所作には、経験に裏打ちされた技術力と信念、そして長年の勘が備わっている。そうやって、主人公が彼女に憧れを抱いていくカットを共通ルートから積み上げているからこそ、我々は主人公を通して、涼音が頭一つ飛びぬけてカッコいい存在なのだと認識させられてしまう。

 作中では、頻繁に料理のレクチャーや新作の味見といった場面が見られるが、サブヒロインであるにもかかわらず、涼音は我先にと参加してコメントを述べる。それほどお菓子に対する深い知識と愛情と技術があり、日頃から責任者としてスタッフから頼りにされているのだろう。巷では主人公の評判が芳しくないようだが、涼音ルートに限っては、それが良い方向に作用したように思う。主人公が陰日向に咲くような存在だからこそ、涼音がお菓子全般に賭ける熱量がより際立っている。

 また、この作品がR18指定であることも彼女の魅力を引き立てた。エッチシーンにて、成熟しきれなかったロリボディ(失礼!!)の小さな唇から紡がれる淫語の数々が、見た目とのギャップと相まって破壊的だ。好みは分かれるだろうが、涼音は割と下品な言葉遣いをして雰囲気を盛り上げるタイプで、多くが「おち〇ちん」呼びのメインヒロインとは一線を画している。誰が言ったか、淫乱ピンクとはよく言ったものである。これで、今まで処女だったのが不思議なくらいだ。このゲーム内の男どもは見る目がない。

 なればこそ、そんな彼女がサブヒロインであることが心底恨めしい。スーパーエース級の能力をもってしても、様々な事情により補欠に回った彼女のことを私はきっと忘れない。


 まずは、この様な戯言を嘯いてみたものの、決して既存のメインヒロインに文句があるとか、人格が劣っているなどと言うつもりではない。それぞれのヒロインには、相応に魅力的なストーリーや印象的な場面があった。たとえば、ナツメはキャラが一際立っていて、冒頭からのハプニングから考えられないほど距離感の縮まり方が絶妙だったし、愛衣はミカドとのじゃれ合いが傑作で、ストーリーもバカップルぶりが如何なく発揮されていた。希は幼馴染としての造形美がお手本のようだったし、栞奈はコミカルな役割が多かったもののエロ発言等が割と斬新で、かつエッチシーンの震え声が股間に来ることが多かった。おおむね好意的な評価ができる。

 ただし一つだけ、シナリオで触れておかねばならぬのは栞奈ルートの明らかな消化不良だろう。本来であれば、唯一の死神設定である彼女のルートは、メインどころか所謂トゥルーエンドに匹敵する内容でなければならなかったはず。ところが、蝶集めに関するエピソードがまるで足りていない。いくつかのエピソード以外は、いつの間にやら蝶を捕獲している描写が散見され、ご都合主義的な展開もあって強引極まりない。『サノバウィッチ』以降のゆずソフト作品と比べると、いささか“センター”としては頼りなかった。

 それでもなお、作品に一定以上の評価をつけているのは、いつもの“むりこぶ絵”と“こもわたSD絵”、便利なシステムまわり、そして声優さんの演技がうまく調和したことにより、総合力が非常に高い作品に仕上がっているからに他ならない。ここらへんは、流石は老舗ゆずソフトといったところである。大きく崩れないのだ。


 話を元に戻すと、私は涼音がメインヒロインでない事にあまり納得できなかった。現状の作品は、言ってしまえば「ウェイトレス4人とのそれぞれの恋物語」に終わっており、女の子と仲良くなっていく過程で年齢、役職上の高低差がさほど大きくない。栞奈は年上ではあるけれど、その定義からも年上枠とは考えづらいだろう。つまり、年上枠である涼音がメインヒロインである方が作品がボリューミーになったのは間違いなく、それでいて他のルートを邪魔しない作りになっていることからも、彼女は“大人の事情で割を食った”と見られても不思議ではないのである。

 仮に涼音自身に特別な魅力がなかったり、他のルートを瓦解させる因子を内包していれば、このような評価には繋がらなかった。しかしながら、ファンタジー色が限りなく薄まった涼音ルートは内容としては非常に現実的で、それでいて異色のストーリーである。そんな彼女自身の魅力もさることながら、10割描いてほしいところを6~7割くらいにコンパクト化しているから、余計にもどかしさが募るわけだ。

 ところで、主人公は

昴晴「この店、涼音さんが病気になったらお終いだなーって」

と何気ない様子で話していた。これは涼音との日常会話の1コマだが、言われた涼音も自覚があるのかその場で否定していない。この一言が、涼音の存在の大きさを如実に物語っていると私は思う。サブヒロインという立場で物語を終わらせるには惜しい存在である涼音は、「過去を振り返らない方針のゆずソフト」というやむを得ない事情もあって、プレイを終えてから、並みのサブヒロインでは到底感じない名残惜しさが募った。

 ああ、なぜ涼音はサブヒロインなのだろう———そう思わず独白したくなるほど、彼女は魅力的だった。

 汐山涼音。彼女こそ、ゆずソフト史上に残る名ヒロインである。



【雑談】
 涼音の店舗特典(パーカーやCDではない)があったら、そこで予約したかもしれません。