ヒロインが1人のゲームだと思うべき。
もちろんヒロインは1人ではない。実際には同じような尺のシナリオがいろはにも美奈にも用意されているし、綾ちゃんにも佐藤さんにもおまけ程度ではあるがシナリオが存在する。でも間違いなくこのゲームは美汐瑛莉というヒロインただ一人のために作られたゲームだと思う。やった人が口をそろえていっているけど、瑛莉ルートを最後にやらなきゃいけないのは定めである。というかそれ以外の順番でやった人がどんな感想を抱いたのか、想像するだけでもなんとも言えない気持ちになる。
・いろは:非常にかわいい。他のルートにおけるいろはは完全に癒やし(主人公にとってもプレイヤーにとっても)だったけど、いろはルートはつらさの塊みたいなシナリオだった。作品全体を通して鬱屈とした雰囲気が漂っているけれども、全部終わった今見返してみても間違いなく一番暗い話だった。いろはの家庭問題、いじめっこたちとの関係、瑛莉との関係、どれ一つをとっても呑気なゲームにおけるシリアス展開を丸々引っ張りそうな問題が3つもあって、その全部が同時に降りかかってくるというのがもうすごい。もっとも家庭問題はそんなにフォーカスされなかったけど。母親が直接には出てこなかった分かなりマイルドだったしあっさり決着が就いたようにも思う。そこからすると一番やっていて辛かったのは間違いなくいじめっこ問題だった。普段から単純明快ストーリーに浸かっている身としてはヒロインが戦わないのも主人公が戦わないのもすごくやきもきさせられた。このシナリオにおいては主人公が本当に木偶の坊というか置物で、いろはと心を通わせるだけの存在だったのがもやもやの原因なんだと思う。まあでもヒロインの中で最も常識があり人間ができているいろはルートだからこそいろは(とその周り)だけで問題を解決できてしまったのだろう。雨の後には虹が~っていうのは超王道だったわけだけど、変な屁理屈こねて外すよりもしっかり作られていて良い終わり方だったと思う。
・美奈:いろはルートにおける主人公は立ってるだけの木偶の坊だったわけだけど、こっちだと悩んでいるだけの木偶の坊という感じ。別に主人公無双してほしいわけじゃないけどもう少ししっかりしたところを見せてくれないとヒロインが好きってだけで終わってしまうのだ。いろはルートが予想される問題を片っ端から片付けていったのと比較すると美奈ルートは一つの問題に絞って描かれていたように感じる。兄と妹が恋愛することによって当然生まれる世間からの目線も両親との対話も未来へと持ち越され、親友は仲違いするでもなく器の大きさを見せてくれる、おかげで主人公は本当に妹に恋しているのかという最大のテーマ1本に絞りこまれている。その結果主人公はダメダメ君になってしまったわけだけど、でもシナリオとしては非常に面白いものになったのではないだろうか。しかしいろはルートにも増して瑛莉がやってること鬼畜だなぁ。サブキャラクターがこれをやっていたら絶対嫌いになっていた自信がある。やっぱり人の心を弄ぶようなことはしちゃだめだよ。
・瑛莉:ここまでの2ルートでも圧倒的存在感を放ってきた瑛莉。やはりこのゲームはトゥルーとしての瑛莉ルートとそこに至るまでプレイヤーの感情を揺さぶるための他ルートによって構成されていると思う。いろはルートにおいてアレだけ嫌いだと言っていた身体から始まる恋を擬似的になぞりつつ、「好きと言えない」瑛莉がどこから恋をしていたのかがぼかされているのもおもしろいし、ただ言えていないだけでこれは身体から始まる恋ではないのだとプレイヤーに確信させるだけの甘酸っぱさがあったように思う。ここまで情緒不安定なヒロインは久しぶりだったけど、でもそれすら可愛いと思えるぐらいには内心が見えやすいのも良さだった。個人的にかなり評価しているのが廃部のくだりで、共通をやっていた時からこんな違法行為しててなんの罰もなく幸せになっていくのはどうなんだろうなあと思っていたところにしっかりと拾ってきて、しかも徐々に暗雲が立ち込めるような展開の仕方と生徒会室での会話はかなり良かった。そのあとの天文学部創設のくだりはちょっとご都合主義的という気もするけれど、一旦けじめをつけた上で力を貸してくれるところに生徒会2人の人間性を感じたし、主人公が入って以降変わっていった瑛莉と生徒会2人との交流が無為ではなかったということを感じられる展開だったのでそんなに気にならなかった。そしてScene10.望遠鏡から望む近すぎる君へである。ズルい。本当にズルい。このために僕はここまでの文章を全部呼んできたのだろう、そう思わずにはいられない充足感があった。とても幸せで、どこか少し切なくなる、素晴らしいエピローグだった。過去に見てきたエピローグの中でも文句なしの1番だ。壊れた望遠鏡がキーアイテムになるのは最初からわかっていたことだったけど、大切なものとしては出てきつつも「青春の思い出」程度にしか見えなかったのが最後の最後で大転換した。1人でも多くのオタクにやってもらいたいゲームだ。
・綾:綾というか麗華なんだけど、でもやっぱり綾だよね。美奈ルート途中で分岐だったけどちょっとこの世界線にしたのは可哀想だなぁという感じ。今更気持ちは変わらないだろうけど、このあと勘違いに気付いた主人公はどう動くのか、そもそも綾とくっついた結末を瑛莉はどう見ているのかが全くわからないというのが非常にモヤモヤさせる。おまけ程度の短いシナリオならできれば馬鹿らしいくらいドタバタハッピーエンドにしてくれても良かった。全てはあのタイミングで分岐させることによってどうしようもなくなってしまっているけれども。
・佐藤さん:こちらも里沙と言うべきなんだろうけど、やっぱり佐藤さんだ。パッケージ見た時はまさか佐藤さんの扱いがサブヒロインだとは思わなかった。いろはルート美奈ルートとやって、瑛莉は最後にと決めていたから佐藤さんルートに入ろうと思って1時間位試行錯誤した挙句攻略サイトを見に行って驚愕したのはナイショ。エクストラかよ……。少し運命が違えばこんなに幸せな感じであっさりカタが付いたんだなあなどと思うけど、こちらはいいおまけルートだったと思う。