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1001secさんの大図書館の羊飼い a good librarian like a good shepherdの長文感想

ユーザー
1001sec
ゲーム
大図書館の羊飼い a good librarian like a good shepherd
ブランド
AUGUST
得点
95
参照数
2213

一言コメント

過去のオーガスト作品の心地良い日常とシナリオのエンタメ性を残しつつ、今作ではキャラクター描写が圧倒的に進化している。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

もともとオーガストというブランドは、テンプレ萌えキャラを書かない。
普通の人間という枠組みに、アクセントとして属性をつけるのだが、今作は一層「普通の人間」の色が強い。

『大図書館』はキャラ描写に注力している。
主人公含め各キャラクターは人間臭く、どこか弱い所や欠点がある。作品に即して言うなら「迷える子羊」というわけだ。
そして、そんな迷える子羊が図書部を通じて変わっていく模様がドラマとなる。
つぐみが「自分を変えるために」図書部を結成する、という始まりがそのまま、各キャラが「図書部を通じて変わっていく」というテーマにつながっている。

もう少し詳しく書いてみる。
例えば鈴木は一見しただけでは、単なるお調子者、盛り上げ役という印象だが、シナリオが進むにつれてその裏が明らかになっていく。
「その言動の裏でなにを考えているのか?」「本当のところ、どういったキャラなのか?」と
いう具合にキャラクターを知っていくのがシナリオの面白さを担っている。

「明るいキャラはなぜ明るいのか?」「努力家のキャラはなぜ努力をするのか?」
そういった風にキャラの裏側までしっかり作ってあるエロゲーというのは、多くはないけどたまにある。
自分はそういう作品がもれなく大好きであり、『大図書館』もその点を大きく評価する。

キャラ描写において、とりわけ『大図書館』は、主人公が大きな役割を果たしている。
主人公は人間不信であるために、人一倍人間を観察する。
「自尊心が強そう」だとか「自己評価が低そう」だとか、そういう主人公視点からの人間観察が、プレイヤーがキャラを知るヒントとなり、
シナリオが進むにつれてその本当の所や、人格形成の経緯を知ることになる。
このプロセスが、キャラを描く上で大きな手助けとなっている。
この物語は、主人公が凡人ならば成立しない。

キャラ描写の点で、とりわけすごいのが、鈴木というキャラだ。
鈴木の第一印象は、オーガストの過去作品でいうならFAのかなでに似ているが、かなでとは似ているようで決定的に違っている。
いわゆる「明るいキャラ」には二種類ある。「根が明るい」のと「根が暗いからこそ明るく振る舞う」の二種類だ。
一般的にエロゲーでは前者が多い。かなでも前者だ。そして、鈴木は後者である。
鈴木は「こういうタイプの人特有のガードの固さ」があると主人公に見抜かれる。
ガードの固さ、つまり、他人と一定の壁を作って接する。それは、他人との触れ合いには痛みを伴うからだ。
お調子者のように見える鈴木は、その実、明るさを鎧のように身にまとって痛みを遠ざけているのだ。
ヤマアラシのジレンマという単語を引用していた通りに、鈴木からはショーペンハウアー風の厭世的人生観をさえ感じる。

こういう風に、キャラ一人一人の描写に深みがあるというのが、オーガストが今作で進化した最大の点だといえるだろう。
FAまでのオーガスト作品は、トゥルールートこそ面白いものの、各キャラの個別は正直言っておざなりだった。
上でFAのかなでを例に挙げたが、かなでルートはケヤキを切り倒す云々のしょうもない展開、と言って悪ければ、かなでじゃなきゃやれないという話ではなかった。
一転、『大図書館』では鈴木に限らず、どのヒロインの個別も、そのキャラにスポットを当てて、そのキャラの綺麗なだけじゃない裏側を描き、
そのキャラじゃなきゃできない、そのキャラを深く掘り下げるシナリオになっており、これが非常に良くできている。
鈴木以外で特筆したいのは、桜庭の、忙殺への精神的依存を「白崎が困ることを心のどこかで望んでいる」とまで表現した生々しさにも目を見張る。

白崎、桜庭、鈴木、御園ルートは、以上のように、キャラクターにスポットを当てた、いうなれば人間ドラマ的なシナリオだが、
トゥルールート、つまり小太刀ルート(とおまけ程度の各キャラトゥルー)は、まあドラマ的な部分もあるにはあるが、
それに加えてエンターテインメント的な側面が強く出てくる。
つまり、謎とその答えを小出しにしたり、目標とそれに立ちふさがる困難を突破していくというような、筋書きそのものの面白さである。
これは過去のオーガスト作品と同じだ。
『大図書館』では、羊飼いにまつわる話で、適度に広げた風呂敷を綺麗にたたんでいる。
ウェルメイドなエンターテインメントといっていいだろう。
ユースティアのような極限状況でもなければ、プリホリほどの意外性もない、明け瑠璃ほど熱くもない……
ながらも、楽しさとノスタルジーの入り混じった心地良いシナリオだったように思う。
図書部という居心地の良い空間を作り上げているわけだから、それが崩れかねないような重い展開や超展開を描かず、
最後まで図書部を維持し続けたのが、『大図書館』らしいシナリオだったといえるのじゃなかろうか。

日常については、オーガストの過去作以上に出来が良い。
主人公が飄々としている感じははにはにっぽい。図書部という空間は、FAのお茶会に通じるものがある。
FAは比較的共通が短めで、もうちょっと読みたいと思ったものだが、『大図書館』は共通が長く、
個別に進んでも共通と変わらない日常が続いている感が強く、大満足だった。
『大図書館』は特に、五万人の巨大な学園という舞台設定が、世界の広がりを感じてワクワクする。
「学園の何でも屋」というラノベにゴロゴロありそうな設定も、学園が大規模であればあるほど面白い。
オーガスト特有の、「私生まれ変わったら鍋敷きになりたい」みたいなヌルさも、たまらなく心地よい。
HOOKなんかもヌルいけども、オーガストのヌルさはオーガストにしか書けない。
オーガストには今後も、ここだけはなくさないでほしい。

ついでに言うと、過去作と比べて、恋愛がしっかり書けていた。
過去作品ではお互い好きになる過程が足りてないと思うものが多かったが、その点『大図書館』はちゃんと恋愛してた。
鈴木ルートで鈴木が主人公に惚れる下りが『大図書館』のハイライトだと思う。

最後に、不満点を一つ。
キャラそのものの掘り下げは完璧なのに関わらず、エピソードの掘り下げが少ない。
例えば、桜庭の実家関連の話や、御園が演劇部に曲提供したその後や、望月が主人公を好きになったきっかけなど。
別にイチャラブ厨ではないのでイチャラブを入れろとは言わないが、
付き合った後にヒロインが性格を変えて頑張る姿をもう少し見たかったというのもある。
この辺りは書けば野暮になる、もしくはダレる、というような恐れもありそうなので、あえて書かないという判断がとられたのかもしれないが、
それにしても少し物足りなく感じてしまったのは事実だ。


オーガスト作品はFD以外すべてやったが、『大図書館』が一番気に入った。
久々の大当たりだったので、久々に長文を書いてみたりなんかした。雑文失礼。