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神月さんのG線上の魔王の長文感想

ユーザー
神月
ゲーム
G線上の魔王
ブランド
あかべぇそふとつぅ
得点
90
参照数
986

一言コメント

延期を待ったかいがありました。それでは感想と考察を

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 魔王とは何だったのか?確かに結末だけ見れば恭平のことだったのだろう。でも魔王とは、誰の心にもある憎悪が具現化したものだと考えられる。誰もが心に憎悪を秘めており、魔王になりえる。その憎悪に打ち勝ち、愛を知るものが勇者となるのだ…。


~一章~
 椿姫にとって大切なものは家族だった。「騙すより、騙される人になれ。」椿姫はその教えの通り純粋に育った。そんな椿姫の純粋さが京介の心をイラつかせる。
 京介にとって大事なものは金であり、そのためにはたとえ学園の友人の家を立ち退かせることも厭わなかった。
 そんな状況のなかで、魔王は誘拐という最も卑劣な手段をとり、自分の目的を果たすために利用する。…それは京介にとっても好都合だった。魔王は人質(椿姫の弟)と引き換えに大金を要求する。決して裕福ではない椿姫の家にそんな大金があるはずもなく、京介の勧めに従って家を担保に入れる。
 椿姫の弟は帰ってきたものの、椿姫の心には魔王によって植えつけられた悪意の種が芽生えはじめていた。今まで我慢してきた不満が爆発して弟を傷つけてしまう。しかし、椿姫はやはり椿姫だった。弟はそんな姉を見て育っていたのだ。弟の純粋さによって椿姫のなかにあった悪意は消えていった…。「私はこれでいいんだね。」

 京介はそんな姉弟を見て自分の道に椿姫を引き入れることをやめた。京介の心には椿姫の純粋さが刻み込まれていた…。


~二章~
 花音はフィギュアスケートの選手だった。そして花音の母もまた、昔はフィギュアスケートの選手だった。母親は自分の娘を自分の果たせなかった夢の実現の道具としてしか見ていなかった…。
 ある日、権三のもとに魔王から脅迫状が届く。…結局、権三を殺すことが魔王の目的であり、権三はそれを理解しており死ぬことはなかった。そして京介が魔王ではないかという疑念が生まれる。


~三章~
 学園の理事長の娘、水羽には幼い頃に生き別れた腹違いの姉がいた。その名はユキ。ユキは魔王と関わりをもっていた。ユキは、自分の母を殺した学園長(水羽の父)に憎悪を抱いていた。…ここにもまた、“坊や”がいた。
 そんなユキを救ったのは、水羽の優しさだった。「水羽はいつでも姉さんの味方だよ。」憎いはずの妹だった…。何しろ自分が冬の寒さで凍えているとき、父の愛を一身に受け、自分が与えたマフラーも持っていたのだから…。
 あの幼き日々が思い出される。ユキは敗北した、妹の優しさに。しかし、そんな姉妹ごっこを許す権三ではなかった。魔王について知っていることを話せと迫る。妹の場違いな声が響く。「魔王は私は知っています。だから姉さんをいじめないで。」…臆病な少女が姉のために勇気を振り絞ったのだ。そんな姉妹を権三は捕らえようとする。

 …京介の脳裏に今までの少女たちの顔が浮かぶ。いつのまにか身体は動き、姉妹を助けていた。「おまえは俺以上の恐怖に出会わない限り裏切らないと思っていた。」権三の声が響く。…京介が、家畜から人間に変わった、瞬間だった…。
 だが、新たな絶望が京介を襲う。「死んだぞ。たった今連絡が入ってな。」権三は、事故で京介の母親が亡くなったことを告げる…。


~四章~
 唯一の希望だった母親を失い京介は魔王として覚醒する。そこへハルがやって来る。「初めて会った、十年前から、わたしは、あなただけを想って、あなただけが忘れられなくて!」犯人の娘が、その被害者の息子に向かって告げる想い。京介はそれを受け入れることなく出て行くようにと叫ぶ。もう二度と顔を見せるな、と。
 魔王は殺し損ねた権三を再び殺そうとする。権三が指摘した通り、自らの手を汚すことで。権三は車から出てこない。しかし、その場に突然現れた京介を庇うために車を出る。「京介~っ」「魔王よ、聞けっ!!!」「悪とは、いまだ人のうちに残っている動物的な性質にこそ起源がある!!!」「復讐に救いを求め、復讐に悪を成さんとする貴様は、遠からず己が悪行のもろさを知るだろう!!!」
 「五千(万)出す。さあ、おまえももう行けっ。」権三は最期まで権三だった…。

 魔王はハルと対決していた。一家を破滅に追いやった人間の娘を殺すために…。「京介くん」薄れ行く意識のなかでそのひとの名を呼ぶ。昔から大好きだったそのひとを。
 ハルの意識が失われるその瞬間、京介が現れる。久しぶりに再会した“兄弟”は敵同士だった。魔王は一度退く。

 ハルはヴァイオリニストだった、三島春菜という名の。しかし、もうハルはヴァイオリンを弾くことはできなかった。…そのG線には魔王が刻み込まれていたのだった。

 魔王が行動を起こしセントラル街付近を占拠して自国を作り、政府に対し宣戦布告。街の“坊や”たちは暴徒と化し、京介もそれに巻き込まれていた。…昔を思い出す。父の勤める会社の屋上でいつもつまらなそうにして本を読んでいた少女の姿を。その少女は勇者だと名乗った。京介はそのとき、自分は勇者を守る仲間になると誓った。時をおいて妹の葬儀の日、金のことしか頭にない親戚、母を口汚く罵る親戚。そんななか、あの少女が乱入してきた。少女は妹のふりをして親戚たちを叱りつけた。うろたえる親戚たち。…やはり少女は“勇者”だった。
 京介は決心する、こんなところで捕まっているわけにはいかない!監禁されていたその場所を出て、権三の部下、堀部に出会う。「こんな状況じゃあオヤジ(権三)の葬式に出られませんわぁ。」京介は返す、「権三は形式ばったことが嫌いですから…。そんなことより、権三が生きていたらこう言うでしょう。『俺の葬式などどうでもいい。それよりも逆らったやつらを皆殺しにしろ!』と。」
 「ありゃ、やっぱ怪物の息子よ。」
 怪物の息子は走った。ハルを助けるために。

 …ついに魔王を追い詰める。魔王は炎上したバスから転げ落ち、やがて死亡した。
 「お父さんに会ったらぜひ、私のことを紹介してもらえませんか?」とハルが言う。それに対し京介は「いいよ・・・。」と返す。ふたりの父親が犯した罪で生み出された憎悪の連鎖。しかし、…ふたりの間にもう、憎悪はなかった・・・


~五章~
 「会いたかったよ、宇佐美ハル。」・・・魔王は生きていた。そして、最後の使命を果たしにきた。京介の帰宅によって恭平は逃げ出す。だが、ハルは銃を持って魔王を追いかける。・・・ハルのなかの憎悪は、まだなくなっていなかった。

 京介はハルに殺人をさせないために、自らの手を汚す。

 そして警察の尋問を受けることになる。だが、警察に悟られてはいけない。ハルに罪がいかないように自分が殺人を犯したということを。ハルは、三島春菜は、ヴァイオリニストとして生きていって欲しい。そんななか、警察は言う、自白は明白な証拠となると。

 ・・・京介は決意した。ハルを救うために。自らの心を凍らせることを…。

 京介は悪役を演じる。ハルに罪が及ばぬように。警察が激怒する。「彼女はお前のことを愛していると言っていた。なのに、おまえは…」そうだ、愛しているからこそ、京介は悪役を演じるのだ。だがそれは表には出せない。淡々と述べる。うっとおしいだけだ。役に立たない女だった。と。そう言うことでハルが、幸せになれるなら・・・。いくらでも悪役を演じよう・・・。我が道は氷河の道なのだから・・・。

 面接に来る者がいた。椿姫だった。あの事件で奪われた金が返ってきたらしい。だが、そこにいる少女はちっとも嬉しそうではない。「私は素直に喜べないよ。だってこのお金は・・・。」椿姫のくせに人を疑うのだ。「私だって成長したんだよ。」彼女はこうも言う。「殺人犯のお友達でも平気だから。」
 京介は耐えられず面接の終了を告げる。

 花音、水羽も面接に来た。そして、手紙が届いた。栄一からだった。その手紙の最後は何故か濡れて滲んでいた…。




・・・八年後
 浅井京介は空を仰いだ。あの少女と別れて8年の月日が流れていた・・・。天国の如きあの安息の日々はもう訪れないと・・・。

絶対なまでの孤独が京介を包み、1人歩みを進めようとしていた、その時。

歩みを進めようと下その先に、親子連れの姿がうつった。京介の心とは裏腹に楽しそうなその姿は、京介の心をより暗くしていった。目線は自然と地面へと。


早く過ぎ去って欲しいと願っていたが、だんだんと近づいてきた。・・・あろうことか、目の前で立ち止まった。







「はじめまして」


幼い子供が、京介を見上げていた。


「お久しぶりです」

平坦な母親の声。足元までその長い髪がなびいていた。


京介は我が目を疑った。何度も夢にまで見た少女は、美しい大人の女性に変貌していた。だが我が道に救いはなしと信念を志した京介は、少女を分かつための言葉を言った。


「おめでとう」


かたや殺人犯、かたや世界を股にかけるヴァイオリニスト。二人の間を隔てるように雪が舞い落ちて・・・。そのとき、そのどこかに見覚えがあるような子供は言った。



「七つだよ、おとうさん」


・・・お父さん・・・?京介はもう一度、その子供の顔を見て・・・。似ている。口元といい、小賢しそうな目元といい・・・・・・。


「嘘を、言うな・・・っ」京介は震える声で言う。


「間違いないことは、私がよく知っています」成長したその少女は言った。


「あなただけです。わたしには、あなたしかいないんです。」と。


呪った。気まぐれな神を。残忍な悪魔を。だが、現実は一向に変わらず・・・。


殺人犯の娘が、また・・・なにかを言っている。


殺人犯の孫は、「おとうさん、頭なでて」と京介の冷たい手を求めている。


吸い寄せられる手。幼子のその柔らかい髪の毛に触れた。・・・ふれて、しまった。


京介は自らの誓いを思い出す。


我が生くる道は、氷河の道。この少女を、この子を殺人犯の娘にしてやるものか


「京介くん、もういいんだよ」


ハルの声が涙でかすみ、京介の視界も涙で歪む。


「・・・・・・やめろ、違う・・・・・・おれの子じゃ・・・・・・」


「もう、泣いていいんだよ」


「・・・・・・おれの、子じゃ・・・・・・」


「お疲れ様・・・・・・っ・・・・・・」


ハルのその一言に、京介の想いがこみ上げる。


「ち、が・・・・・・あ・・・・・・ぐっ・・・・・・」


こみ上げる嗚咽に言葉が続かない。


「また、一からやりなおそう。今度は三人だよ。ねえ、京介くん」


駄目だ、俺は・・・この家族を不幸にするわけには・・・。


「おとうさん、ずっといっしょだよ。おかあさんも、いるよ。わたし、ピアノしてるんだ。ねえ、見て、聞いて。」


娘が幸福を招くよう、笑う。


おとうさん、おとうさんと心を揺さぶる。


京介の歩んできた悪魔だらけの人生で、最後の最後で現れた天使に京介は成すすべもなく・・・







~END~






 “坊や”とは、魔王になる可能性のある子供。

 “魔王”とは、憎悪の連鎖を断ち切れないあわれな者。

 ・・・だから、権三は“悪”であり、“魔王”ではない。権三は“悪”であると同時に“父親”でもあった。なぜなら、権三の自らの息子を救うことと、己の悪を貫くことでその生涯を閉じたからだ。

 “勇者”とは、“憎悪”に打ち勝ち、”愛”を持つもの。

 “愛”とは、“憎悪”と表裏一体に存在するもの。

 魔王は言っていた、「最も長生きする感情は憎悪ではないか?」と。

 ハルはそのとき、何と答えたか?


 ・・・・・・それこそがこの物語の最大のテーマである。


 では、この物語の“勇者”は誰か?

 それは、椿姫であり、花音であり、水羽であり、ユキであり、権三であり、恭平であり、京介であり、そして、ハルである。

 椿姫は、家族への“愛”、花音は、母親に対する“愛”、水羽とユキは、姉妹“愛”、権三は、息子に対する“愛”、恭平は、父親に対する“愛”、京介は、ハルに対する“愛”、ハルは、・・・。

 恭平は“勇者”だった・・・。かつて妹を、弟を、母を、父を愛していた恭平は…。しかし、憎悪の連鎖に打ち勝てず“魔王”となった。

 ハルも恭平と同じ道を辿るはずだった。

 しかし、京介の、“悪”の意志を受け継いだ、“悪”の仮面を被った“勇者”の、“愛”によって救われた。




 ハルの言葉、私は“勇者”だ。

 そして、この物語のテーマは、“純愛”。

 ハルを守る為に、自ら氷河の道を歩んだ京介。

 ビルの屋上で出会ったときから、ずっと変わらない、京介に対するハルの、“愛”。

 魔王の最期の言葉、「いや、“愛”もまた・・・」

 最後に現れた“天使”はその結晶だった。



 ・・・北国の冬は終わり、雪解けの季節となっていた・・・・・・・。










 ・・・というわけで、この物語はまさに、“純愛”だったわけです。だから、魔王の正体が序章の、『「俺がこの写真を撮ってあげた。」はずが、少年(恭平)が写っていること』から推測できたとしても、魔王の京介のマンション付近での行動が『魔王=恭平であることの矛盾』であっても、まるで減点にはならない。
 むしろ、(ifだから仕方ないにしても)各ヒロインルートでの魔王・権三のあっけなさが減点であった。
 でも、真実の“純愛”は、ハル・京介・ふたりのこどもの間にあったものだから、それはそれで良かったのかもしれない。



長い長い長文を読んでくださった方々、お疲れ様でした。