引用を用いながら語られる言葉が巧妙で、前評判からはそんな詩的で耽美な雰囲気のゲームだと思っていたが、それと同じように泥臭く、純粋に展開でも面白いと感じる瞬間が沢山あった。
個別の前半は萌えが中心なので、自分のように合わなかった人は個性の強い後半までスキップするのも手だと思う。
ヒロインの中で一番好きなのは稟だった。
付き合う前の素直なところとか、神秘性を持ったところが厨二的で良かった。攻略ヒロイン外では健一郎、香奈、圭など。
↓↓↓↓ネタバレ多め↓↓↓↓
章毎に点数を付けるなら、Ⅰ章76、Ⅱ82、鳥谷74、御桜78、里奈77、雫82、Ⅳ82、Ⅴ84、Ⅵ80という具合で、面白いところとそうでないところのバラツキが大きかった。ただ、後半からはのめり込むように読み進めていた。
章構成のこともあり、多くを明かされる雫ルートやⅣ以降の共通の章が面白い。個別の何人かヒロインが割を食っている気がした。エロゲはヒロイン達とのエンディングをピークに持ってきてほしいと思っているのでエロゲとして印象が悪い。(直哉が本編後に会いたいと願っているのはきっと可愛いヒロイン達ではなく、在りし日の友だ。)ノベルゲームとしてなら過去篇やそれからの話に響くものも多く、とても好きなゲームだと言えた。
OPを見て印象に残ったのは散りばめられた詩や桜の耽美さだったが、対照的な作品に向けた情熱や理不尽への義憤、天才に向けた憧れといった泥臭いものが胸を打った。
・各章の感想。
II
学園もののみんなが集まってワイワイ取り組むような展開は、本人達が楽しんでいるだけな場合が多くて苦手なのだが、この章の共同制作は美術部の面々を心から応援することができた。
神父や小牧にどうしても作品を届けたい明石と、それを助けたい、直哉を筆頭とした美術部の努力によって『桜達の足跡』が作り上げられる。勿論作品を作る楽しさもあるが、それ以上に大切な人への全力のエールに元気をもらえた。
製作後の話も好きで、
「我々が何のために作品を作るのか.......それさえ見失わなければ問題無い....そこに刻まれる名が、自分の名前では無いとしてもだ.....」
芸術を解さない人にも理解され、正しく作品が報われることではなく、作品の意味を見るんだという叱咤が響いた。
Ⅲ鳥谷ルート
メイド服が可愛い。最後の圭が作品を作り終えられなかったことのほろ苦さが良かった。
Ⅲ稟ルート
付き合う前のイチャイチャがとても萌えた。長山はヘイトを買っているが、才能に焦がれるならそれを失わせた原因への悪意を個人的には責められないなと思った。
Ⅲ里奈ルート
優美の視点による百合が恐ろしく生々しくて、
岡沢との恋愛に満たない、繊細な機微が素敵だった。
Ⅲ雫ルート
墓碑銘のエピソードが大好きだった。
健一郎が水菜の死を通して描いた一番の絵である『横たわる櫻』。それに直哉が父のため連作として添えられた六相図は手向けとしてこれ以上無いもので、直哉は芸術家として、そして子どもとして健一郎から受け継がれるものを伝えることができたんじゃないかな、と。
「俺の墓は花であふれているだろう。だがそんなものは見せかけだ。本当の墓は、この絵の傍らにある」
この台詞が嬉しすぎる。尊敬すべき大きな壁である父にこんなに認められるなんて、最高だ。
「俺はボロ泣きをしていた。」
にはおい!!!となった。冒頭の父の死に引っかかりを感じているような文章に、てっきり父に確執があるものだとすっかり勘違いしていて、こんな感動的な終わりを迎えているとは思っていなかった。
願わくば六相図を見た瞬間のキャラ達の反応が知りたい。鳥谷なら涙を流して呆然として、圭なら震えて喜びつつ自分の不甲斐なさに怒って最高の絵を描くことの覚悟を決めていそうで、稟なら直哉が描いたことに気づかないまま何かを刺激されそうで、藍なら草薙親子の件のやり取りを目を瞑り夢想しつつ感謝するのだろうなと思った。
吹との一件にも感動した。
「お前の存在が永遠に消えないぐらい、みんなの印象に残る千年桜を!」
に良かったねって…
Ⅳ
過去篇。一介の教師が大きなものから大切な人を命がけで守る、任侠系のこれまでと全く異なる話が始まる。
主人公の親の馴れ初めという、他のエロゲならまず触らない類の話がここまで面白いのはすごいなと思った。
骨を折られても尚啖呵を切る健一郎がとても男前で、傷つきながら描き始めたオリンピアには鳥肌が立った。
Ⅴ
「俺は直哉と絵を描きたい。それだけでいいんだ」
「だって、才能が偽物である私が、本物の芸術家の前に立つには、その目だけは、その感覚だけは、本物でなければならない」
凡人の長山から見た天才への愛憎や、圭の直哉にいつか描いて欲しいんだ、そのためには自分の安寧も惜しいんだという情熱に触れ、描けない腕を使ってそれでも圭の才能のため描くことになった決意が熱く、目が離せなかった。
期待と限界に挟まれた直哉を支える藍が本物の姉のようで温かい。
最後はネタバレを見たことがありこうなることを知っていたのだが、それでも強い喪失感に襲われた。終わってモッドファーザーのsunflowerや在りし日のためにを聞くと圭のいた日常を思い出してしまう。
続くⅥは圭ルートでもあるのかなと思った。
Ⅵ
エピローグだが、全然一般的なハッピーエンドではなく実質刻の体験版のようになっている。
社会に迎合するようになった直哉がステンドグラスで作った作品は在りし日を刺激するものになっていたのじゃないかなと思った。
「ああ、他人からみたらクソみたいな人生で」
「クソみたいにどうでもいい時」
「たぶん、俺たちは一番生きているんだよ」
親友の喪失に見舞われながら、稟や里奈、雫を救った、人に寄り添う弱き神は変わらず直哉の中に存在していて、精一杯ながら最高だと言えることにひどく安心した。
・伏線について
Ⅱからの伏線回収の上手さに驚いた。
中村家が所有していたとして、直哉は関係ないと一蹴した健一郎の六部作の遺作、娼婦をモチーフにし、アレンジが加えられたオリンピアの模写等共通で出てきた話の深みが増した。
「あの六部作は凄まじかったなぁ…
あんな桜をワシも完成させたいものじゃよ」
から『桜達の足跡』完成の感動も甦った。
・edについて
在りし日のためにの歌詞がとても好きだ。
『水面の風狂う蝶の群れ』
直哉が作った『蝶を夢む』に描かれた、奈落の水面の上を桜のように舞う蝶の群れ、夢の風景。奈落を踏み締めた夢の音。
吹を取り込んで芸術家になった稟の振り向いた、圭や直哉達を含めた在りし日を想う歌なのかな?と思った。
『ありがとうね雫がくるしみ
すべてうけいれてくれたから』
ここはそのままの意味にもとれるのも良い。
・刻について
作品を作る気概を取り戻しそうな直哉がこれから何を生み出すのか、圭の妹の寧に何を想うのか、人の丈に合わないような美の神を宿した稟や天才に焦がれ続ける長山との絡み等熱血な点で楽しみなことが多い。圭が『陰気なことばかり話していた』幼少期も気になった。
このまま何年も待っていたとすれば辛かった。続編があると分かっている状態で詩をプレイできて良かった。
↓↓ビジュアルアーカイブの説明を読んで↓↓
ビジュアルアーカイブには本編の説明が詳しく書かれており、今作が気に入ったら一見の価値があるものになっている。私はiTunes storeで買った。
公式ビジュアルアーカイブによると元の主人公は女々しく、色々なものから逃げる有様であったが、丸戸史明氏やるーすぼーい氏、健速氏などのかっこいい主人公像から今のヒーロー然とした直哉になったと書いてある。
『『サクラノ詩the tear flows because of tenderness』発表当時は強くない主人公がヒロイン達と接触することで、事件を解決して、自分もヒロインも救われる。という話が非常に多かったのです。』
個人的には他の作品に影響されずに、稟の母親を吹という人形に誤認したり、父親に敵わないために筆を折るような後ろ向きな逃げる主人公も見てみたかった。
本編で使われていないと思われる藍の裸振り向き立ち絵があり、後ろから見ると幼女にしか見えなくておすすめである。
藍の言及としては、以下のようにある。
『藍はどこまで行ってもお姉さんであり、直哉の良き理解者であり、そして母親なのですよね。直哉がちゃんとした意味で彼女と対等な位置まで来るにはもう少し時間がかかります。』
刻で対等になることが示唆されていて楽しみだ。
また、Ⅴ章の説明では以下のようにある。
『無二の親友を失い、さらに絵を描く理由をも失った直哉…ショックは大きく描く気力は完全になくなってしまったと思われた。だが彼は圭に誓った。今は描けなくても、歩き続けることは止めないと──』
ここなんかは本編で全く描かれていない直哉の心の内を表していて、誓いがどう胸に秘められているのか次作を読んで知りたい。