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生肉さんの月に寄りそう乙女の作法の長文感想

ユーザー
生肉
ゲーム
月に寄りそう乙女の作法
ブランド
Navel
得点
81
参照数
5193

一言コメント

大蔵衣遠は、いかにして桜屋敷の名を知ったのか?

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ルナルートで屋敷に関わりが無さそうな衣遠がその名を口にする。
何かの折りにでも耳に挟むことは十分有り得る程度のことだが、それだけだろうか。

もう一つ気になったことがある。
タイトル画面では大目立ちし、桜小路に桜屋敷と重要な役所に使われている桜だが、
劇中で他に桜に触れられることがあまりに少ないのではないかと。

① プロローグにおいて、りそなから日本人は桜が好きと聞く。遊星が桜を眺め、衣遠に問われことを思い出す。
② 遊星が母に兄から聞いた青山の桜を見たことがあるか問う。死後夜色の毛布にその桜が刺繍されて送られてくる。
③ 桜屋敷にて桜を見かける。後のお茶会の切っ掛けとなるが、桜そのものの描写は無し。
④ 成松重工さんが観桜会に招かれたことをルナにお礼を言う。
⑤ ルナルート終盤、ウィッグを付けさせたことで桜が満開なったかのような喜びの声を上げるルナ。
⑥ BADルートの食事の会話と背景の夜桜の絵。

これだけだ。
正確には他のヒロインのルートにも数カ所あるが、繋がりが薄く思われたので省く。

まず、①②⑥の衣遠と遊星の母について。
BADエンドにおいてただならぬ関係を匂わせるこの二人だが、その交友は決して刹那的な物ではない。
衣遠はその追想を懐かしき日々と言っているからだ。
なお彼女の他の描写では遊星に対して謝っていたものばかりなのでその印象強いが、
日本へ行ってからの遊星が手本とするほど笑顔を絶やさぬ明るい人でもあったことも忘れてはならない。
立場上遊星が生まれてからは本妻の長男と談笑出来る様な立場ではなく、
遊星自身兄が母を嫌っていたと強く認識している。
逆に考えると、遊星が生まれる前こそが二人が親密に出来た懐かしき日々ではないだろうか。

二人に共通した事柄に、青山のしかも夜桜に並々ならぬ想いがあるという奇妙な一致がある。
衣遠は桜を元型と応える遊星に対し、いつかそこで杯を交わすと褒め
彼女は、夜色の毛布に桜と「In Aoyama Tok」の文字を縫う。
アイルランドの子守歌を唄うイギリスの人で東京には数度行ったことある程度だから、
この一致は偶然ではなく、世話役として付いていったと考えた方が自然だろう。

次に、一見重要度の低そうな④の成松重工さんのお話だが、いくつかのことがわかる。
・「今年の桜は~」の発言から、桜小路家主催の観桜会が毎年行われている。
・同様の理由から、それは桜小路家が管理している土地で行われている。
・その観桜会では、良家の夫妻だけでなく、その子女も招かれる。

ここで③の桜屋敷について考えてみよう。
この屋敷は4年前まで桜小路本家の別邸であったわけだが、その利用方法はどうだったのだろうか。
メインはきっと名前の通り桜を楽しむことで、毎年の観桜会をここで行う、社交の場でもあったはずだ。
塀の外からでも花見が出来そうなほどの桜、立派な屋敷、
なんと言っても立地は東京の青山と条件が揃っている。

衣遠と遊星の母の思い出の地というだけでなく、ここでも青山なのだ。
そこから手繰り、この数少ない全ての桜の描写が繋がっていると考えると、見えてくる構図がある。

さて、最初の疑問に戻ろう。
大蔵衣遠は、いかにして桜屋敷の名を知ったのか?
子供の頃に大蔵家の長男として桜小路家主催の、桜屋敷での観桜会の招待されてだ。

ここで同行した遊星の母と親睦を深め、ソメイヨシノのような想いを抱いたかもしれない。
しかし彼の想いは散り、遊星が産まれた後は雌犬呼ばわりしてしまうほどひん曲がってしまう。
余談だがその花言葉の一つに純潔があり、これは英語で語源をメイドと共にする。

また主催のルナの両親とも親交があっただろう。
桜屋敷であろうタイトル画面の夜桜と同じ絵が BADの食堂に飾られていることから
彼の桜に対する郷愁の念がここで植え付けられたものだとすると、浅からぬ縁であったはずだ。
後に彼を盗作へと走らせたのは、ここでのルナの母との繋がり故というのもあったのかもしれない。

大蔵と母の血を引いた遊星は、男なのに奇しくも母と同じくメイドとなり、
同じ場所で、桜小路ルナと深く関わることとなる。
世代が変わっても似通った形ではあるが、今度は確かな絆が紡がれる。

桜屋敷は、桜が散り、また咲き誇る場所なのだ。(ただし、メイドに限る――⑤)





・あまり上記と関係ない追記

変態いっぱい大蔵家。
そんな中で一押しは、ずばり遊星君。
大したことのない理由で女装メイドになるし、兄に愛してとブラコンっぷりも発揮する。

名家に生まれながらも妾の子であるため、幼い頃から使用人となるため訓練を詰んできた。
「誰かの為に尽くせるような、立派な男の子になってほしい」とは母の談。
その母自身も大蔵家に使えるメイドであり、その笑顔で仕える精神性は目指す所だ。
使用人気質が行き過ぎたのか、BADルートでは主がいなければ生きていけないような不安定さも見せる。

能力・性格共に子供の頃からの調教されていたわけだが、その生まれについてもう少し考えてみよう。

母が愛してもいない大蔵父の愛人となったのを、
遊星は生きるための手段と考えていたが、これは不自然ではないだろうか。
別宅に囲われるならともかく、身体が弱いのに周囲のやっかみ・蔑みを受けながら
メイド仕事をこなすのは、とても楽な生き方とは思えない。
大蔵父が遊星を認知したのは、彼女にとって利のあることだったのだろうか?
遊星を大蔵のために尽くす様な子に育てる意義はあったのか?

衣遠は秘書との会話で母を「嫉妬と虚栄に囚われ、本質まで見通す目を持たぬあの女」と評する。
これは遊星の才能のことだけではなく、会話の前後からすると
母に元からそうした評価を持っていたと思われるが、それは何からだったのだろうか。

ルナルート終盤、りそな宅に遊星が帰された後のシーン。
遊星「僕がお兄様の為になるのなら、あなたから愛されたいと思います」
衣遠激昂後につぶやく。
衣遠「愛してほしいなどと、その顔で口にするとはッ! まるで……本当にあの雌犬だ……」
つまり正妻の子である衣遠に妾である遊星母は「愛してほしい」と言ったことがあるのだ。

さらに同シーンで衣遠は父に対して「孫の様に甘えろ」と命じる。
これは男娼として宛がう遊星には随分不可思議な言い種だ。

こうは考えられないだろうか。
早い精通を迎えた9~10歳の衣遠と遊星母が、
愛を語り肉体関係を持ち、意図せず子が出来てしまった。オネショタヒャッホウ!
腹の子と衣遠を守るために大蔵父に相談し、対外的に大蔵父の子とする代わりに愛人になったと。
つまり遊星母は愛人となったから子が出来たのではなく、子のために妾となり
大蔵母はそのことを嫉妬により見通せず、衣遠はそのことを言っていたのだ。

根拠として上げたのは状況証拠とすら呼べない、強くバイアスの掛かった作為的抽出であり、
結論も多くの飛躍を含んでいて、また他の解釈も可能と、とても確たる事実とは言えない。
しかし物語として重要なのは実際の血縁関係ではない。
父ではなかったとしても、衣遠がそう振る舞えば、遊星にとって意味するところは同じだからだ。
例えば「愛してほしい」のが遊星母をではなく、遊星をということだったとしても
想い人にそう言われれば父であろうとするには十分ではないだろうか。

物語の終盤、衣遠は乗り越えるべき壁として朝日の前に立ちはだかる。
そこではまず女の格好を否定する。
前述した様に遊星は兄に愛を求め、能力を示すことで衣遠に認められる。
この愛とは、父性愛に属するものだろう。

BADルートで衣遠は素材の活かす物より泥臭い味付けが好みだという。
これは単に食べ物の話ではなく、才能と努力に対する衣遠の姿勢を示している。
入学式やルート終盤での彼の言動を追えば、実は努力で得た実力を先天的な才能以上に評価していることに気付くはずだ。
衣遠の普段の言動に問題があるのだろうが、遊星も薄い味付けで出したように誤解してるためそれがここまでこじれたのだ。

つり乙には女装することに深刻な理由はない。
それは多くの女装主人公ゲーがそうである以上に、遊星の資質に依るところが大きい。
良く言えばメイドらしく、悪く言えば遊星が男らしくないのは、背景に父親との関係の薄さがある。
結果として衣遠からそれを与えられるが故に、最後に男に戻ることが出来たと言えるのではないだろうか。
女装の理由は薄いが、そこからの男装に意味があるのだ。




・蛇足

朝日母と怪しい関係だった衣遠は、後に元彼となってしまい、ぼて腹となった遊星母を見て寝取られ感を味わったことだろう。
そんな言葉なんて普通知らないような子供の頃のお話だ。

朝日のパンツを剥いだ犬のモトカレ、チワワのネトラレ、猫のボテバラ、
飼い主がその語を知らぬこと良いことに、ルナに名付けられてしまった彼ら。
公序良俗に反する言葉は数あれど、ピンポイントに過去の衣遠に関係することばかりなのは偶然だろうか。
それとも数奇なる運命によって、これもまた形を変えて遊星の世代に繰り返されているのか。

イシュカンの命名が未遂に終わって本当に良かった。