ErogameScape -エロゲー批評空間-

比翼れんりさんの月の彼方で逢いましょうの長文感想

ユーザー
比翼れんり
ゲーム
月の彼方で逢いましょう
ブランド
tone work's
得点
78
参照数
922

一言コメント

月の彼方でまた逢いましょう

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

中身のある作品を作る稀有なブランドのひとつですので、前作より3年経ったのは待ち遠しい期間でありました。このブランドの傾向として、ここまで非日常に寄せた世界観は珍しく、青春学園ものからいくらかはみ出した範囲までを丁寧に描く、究極のヒロインとの日常ゲーというイメージでした。前作「銀色、遥か」の構成を引き継いでいる部分があり、スクール編、アフター編の2つの"視点"で展開されるのが特徴的です。前作は良くも悪くも、主人公がカメレオンの如く、ヒロインに寄せて変化していくのが、ひとつの色でした。恋愛を通じた派生で人生が分岐していくのはおもしろかった一面でしたが、今作では、逆にひとつの大きな柱に対して各ルートごとにアプローチが変わっていきます。前作では、ただ単にスクール編とアフター編が地続きだったところ、それが断続的に一人称が切り替わっていくのがミソになっていました。これは前作を活かしながら、上手く構成していたなと思います。軸となるストーリーはあるも、メインたる灯華が中心に据えられ、放射状に各ヒロインやサブが絡んでいく構成はどのルートでも見られるので、キャラクターの使い捨てがないのはよかったですね。


灯華は言わずもがなのセンターヒロインで、彼女自身の謎を解き明かしていくのが個別ルートであり、そもそも共通項。スクール編のみでは非常に掴みにくいキャラクターで、その端々から、過去に何かあったこと、これから何かを考えていること、が垣間見えてきます。アフター編に視点が切り替わっていく辺りから、新たに種がばらまかれ、エンディングまで綺麗に拾っていくので段々とおもしろくなっていきましたね。灯華の言う「復讐」はあっけなかったように思いましたが、どちらかというと、そのシリアスさを売りにしているわけではなく、彼女の覚悟にきちんと終止符を打つことを尊重しつつ、(未来→過去に伝播していく)主人公の決意を汲むことが、最大の見せ場なのだろうなと思います。単独のルートでは、ある程度うぐいすや雨音たちの解説や補足がされて、ストーリーが繋がっていく節があります。直接灯華とは関わりが少なかったのが、前作からすると横の繋がりが弱く感じてしまった印象になるのですが、個別ルートと謳うからには、ラストが報われた「現在」になっていたのは、ひとつの区切りとしてはアリなのかもしれません。

うぐいすに関しては、身体のことが前提として物語に内在されており、前半にあったドイツへの治療も、案外さっぱり終わっていたので、後半アフターパートの見せ場は何だろうと思っていました。このルートで、共通認識として求められるのは、部室に残された灯華のスマホが過去と未来を繋ぐことになる、そして月、という部分。これはやはり灯華ルートの次にやらなければ、情報の出し方としてはしっくりこないかもしれませんね。謳い文句でもあったキーワードですが、これが灯華ルートとは違った派生を見せていく展開に関して、とても上手くいっているように思いました。病気をヒロインの設定に使う話は、エロゲ問わずありますが、それをどう扱うかは技量が試されるところかなと思います。前にも某作の感想で触れたように思いますが、何もヒロインが死ぬことがバッドエンドではなく、理想と現実のバランスを取りながら、至るべき結末を描くことが正解かなと考えています。今作においては、共通の世界観を上手く取り込みながら、2人のスタートをエンディングに持ってきた構成は抜群の采配だなと思いました。作中の表現を借りるならば、物語の終わらせ方が上手かったと言ったところでしょうか。

メイン3ヒロインの中では唯一雨音だけが過去と未来の視点が交差せず、出会いから恋をし、結婚するまでが一本の線で描かれるルートでした。これは他2人のメインヒロインルートで扱われている、そもそもの作品の下地にある謎や伏線を回収するためにあるからですね。他のルートでここまで掘り下げられる要素はありませんので、世界の真相を知るにはやっぱり最後に持ってくるのがいいかもしれませんね。雨音というヒロインは、かなり癖のある子で、序盤の痛い描写やツンしかないのは、正直どうかなと思いましたが、そこは猫らしくなついてくるとデレがきました。特にアフターになってからは、社交性も出てきて、主人公のまわりを含めて横の繋がりで、徐々に謎を解きほぐしていく展開が、ルートというよりも作品全体の仕上げのようでおもしろかったですね。SFの色を持たせた今作の総まとめというべきお話ですが、細かな点では「あれ?」と思うところもあるのですが、基本的なスタンスである家族愛は貫かれており、スッキリはしました。他のヒロインでも少し思いましたが、それでもタイトルにふさわしいお話は雨音なのかなと思います。

メインヒロインとサブヒロインの中間にいるような聖衣良。メインのような物語の核心に迫るわけでもなく、ただそれでいて、サブのようにアフター編からの登場でもないため、スクール編までにある程度の関係性と掘り下げがあるのが違いですね。これは前作に近い構成に思いました。ストレートに言うならば、こういった展開を期待していたのです。特に何か特別なことがあるわけではないですが、大人になりきれない主人公と大人になった聖衣良、夢を閉ざした主人公と夢に向かって努力する聖衣良、と対比が効果的にあしらわれており、いちゃラブを全面に押し出した展開も好きでした。元々好きなタイプのヒロインだったのですが、短めなルートながら、きちんと描きたいことを描ききっており、非常にまとまりよく感じます。ストーリーでは、本編の埒外かもしれませんが、ひとつストライクの話がありよかったなと思いました。

この作品は二面性があり、サブヒロインたちのルートと世界観は、完全に本編とは別作品に感じます。主人公の職業に絡んだ派生ルートが3編あり、その中心となるのは栞菜でしょう。他の2人とは違い、漫画に向き合うことを主人公と一緒に考えて、乗り越えていくという過程がとても良かったです。中の人のおかげもあってキャラクターも抜群に立っており、ストーリーの流れも浮き沈みがいくつもあり、完成度ならサブルートでは随一。ただ、とても好感が持てていたからこそ、栞菜が函館に逃げ帰って以降の説得、そして恋人になり、戻ってくる一連の流れがコンパクトにまとめすぎているように感じます。もう少し段階を踏みながら成長することを最後まで貫いていれば言うことなしだったのにと思いました。

霧子は年齢ということもあるのですが、苦手な種類のヒロイン。ルートは珍しく、逆に年齢を話の種に使っています。会社の中での恋愛やバーでのオトナの時間は、他社の某作品を彷彿とさせます。キャラクターはそこまで入れ込みができませんでしたが、個別ルートとしては、上手く広がっていく展開が非常に軽快に思いました。出版社ならではというか、偽装の恋人から想いをハッキリさせるラストの爆弾は、これぞという一手に見え、メインと比べ短いルートながらコンパクトにまとまっており、話は良かったですね。

霧子までは行かないものの、きらりも好かないタイプ。それでも中の人のおかげかルートではそれほどキャラクターが気にならなかったので、それは救いだったかもしれません。敵役というわけではたりませんが、物を書く上での大人の事情がちらつく山場が重すぎず軽すぎずいい具合なのかなと思います。ストーリーは単調なので面白味はそれほどなく、反対に主人公が感情的に行動する面が目立っているように見え、正直このルートに関しては蛇足、というか必要がなかったと思いました。


今までのtone work'sからすると、色が異なるのは明白ですが、さすがに根底にある1対1の恋愛描写は健在していたように思います。ただ、どうしてもシナリオが"普通"を進まないので、もちろん最終的な結末は綺麗な形を保っているのかもしれませんが、求めていた方向性とは違っていたのも事実です。ブランドの矜持や考え方はあるでしょうが、また別のブランドがこれを出していたのであれば、新鮮な気持ちで向き合えたかもしれません。決しておもしろくないわけではないですが、沈んだ部分を晴らすだけの爽やかさを感じきれなかったのが、受け手の問題かもしれませんが、残念なところです。青春やら恋愛やらが何もなく平和に進むとは思っていませんが、今作はマンネリになりがちな普遍的なテーマをベースに新しい解釈を持ってきて提示したブランドの新境地、これを受け止めきれなかったというのは確かな気持ちです。