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比翼れんりさんのSummer Pocketsの長文感想

ユーザー
比翼れんり
ゲーム
Summer Pockets
ブランド
Key
得点
85
参照数
572

一言コメント

羽ばたいた数を数え空を舞う羽は 小さな勇気でいつも眩しさだけ求め続けていた

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

keyが満を持してリリースする今作は「Rewrite」以来7年ぶりとなるフルプライスの価格帯の完全新作です。

今作で過去の作品から異なる点として、やはり大きいのは製作陣でしょう。絶対的原画であった樋上いたる先生から、Na-Ga先生に加え、外からのスタッフを迎えました。シナリオ面でもそれは大きなウェイトを占め、同じVA系のSAGA PLANETSでもお馴染みの新島夕さんを中心に、今までのkeyの作風を残しつつ、それぞれの個性を合わせた形になったように思います。

ストーリーの導入はシンプルに越したことはないのですが、とあることを切っ掛けに島にやってきた主人公が、しろはを初めとするヒロインたち、そして仲間たちと出会うところから始まります。共通ルートは、マップでの選択肢が多く、どちらかというと、1ヒロイン単独でのイベントが多く、あまり実感は湧きませんでしたが、仲間たちの繋がりがわりと重要になっており、その点は男キャラの強さを感じました。keyの作風として、こういうサブキャラがきちんと脇を固めていることが、全体的にぶれない作品になるのだろうと、改めて感じました。


攻略順にヒロインベースで見ていくと、まず最初に来るのは、やはりしろはでしょう。こういう大人しめのセンターを、回りがもり立てていくのが、ストーリーとしては上手くハマりますね。未来が見える…というのは、ありきたりなのかもしれません。それを阻止するべく奮闘するも、結局はその通りになってしまい、しろはと主人公は海の底に……… そこからエンディングにたどり着く流れについては正直に言って、物足りないですね。フラグはいくつも立てていましたし、とても優等生な展開構成だったと思いますが「裏切られた」とは思えませんでした。あくまでひとつのヒロインルートとしては、無難なオチでしたので、これから始まる物語の布石になっていたのだろうと、後から思った次第です。

蒼のキャラクターは作中の光のような存在で、湿りがちな個別ルートでも、その笑顔は輝いたように思います。空門のお役目と藍との姉妹関係と、話の流れがわりと綺麗に見えてしまうのが、逆に目についてしまいました。つまりは先の読める展開に違いはないのですが、この個別ルートで良かったと思うのは、構成の仕方でしょうか。シンプルながら、エンディング前の引きが絶妙でしたし、エピローグも余韻を残して、いい意味で濁しました。これが非常にアクセントになっていて、単調ながらきちんと芯を持ったストーリーを貫いた、というのは個人的にはとてもハマったように思います。そもそもの蝶に関しても、フラグのひとつとしては、作品には影響あるものでした。夏、この島に集まる、といった意味でもタイトルに上手く沿った話だったかもしれません。

鴎ルートで感じたものは、keyらしい不思議なお話だったというものです。あくまでも冒険譚をベースにしつつ、夢と現実と、そして過去と未来と。リンクしながら、一瞬の時間を切り取る見せ方は、さすがだなと思います。綺麗なオチにせずに、ある程度含みを持たせながら引いていく終幕も余韻を上手く残していて、自然な印象を抱かせていたように思いますね。好きな展開のひとつではありましたが、どうしても鴎と主人公が二人だけになってしまう印象が終始強く、もっと回りの仲間たちと一緒に、ストーリーを繋げられなかったのかなとは感じます。終盤の海賊船のくだりが、好きだっただけに悔やまれます。これを全体のメインストーリーにしていないので仕方ないのかもしれませんが。ひとつのルートとしては、綺麗にまとめた感じがあります。ただ、実は鴎という実体の揺らぐヒロインこそが、作品の「鍵」だったのかもしれないと、コンプ後に思いました。

紬に関しては、鴎と同様に、他のキャラクターと雰囲気が違うのは当初からの特徴でした。静久というサブながら、こと個別ルートについては、主力級の存在感を発揮するキャラもいるからか、奔流からは分かれた先のお話というのが正直な感想です。ただ、作品のキーになる灯台をメインに、ルート中盤から終盤でのキャラ総動員のイベント作りなど、他のルートとの兼ね合いもあるのか、ひと夏の物語としては、上手く馴染んだ話だったのかなと思います。ヒロインが消えるエンディングというのは、さして珍しくもありませんが、ベースにある紬の過去が、あまり大きく尺が割かれていないこともあり、keyの十八番の「泣き」とまでは行かなかったように感じます。エピローグは他のヒロインとの差異を意識したのか、断言はしないけれど意味深に締めるという感じを受けました。個人的には、ワンパターンに見えてしまいましたが。


ストーリーとしては、しろはルートからの派生にあたるであろう「ALKA」と「Pockets」

ここが作品の肝であり、非常に"らしさ"を強く主張するお話です。主人公はあくまでも、うみだったのでしょう。しろはがうみのために、そしてうみがしろはのために。今まで積み重ねた線が一本の筋になった核たるラストでした。大きく何かが動くわけではありませんが、ある程度の予測の元のエンディングとなっていました。ここまでの各ストーリーを俯瞰してみると、縁が消えてしまうのが、必ずしもすべての悲しみではなく、新しくしろはとの物語の始まりやうみの転生の可能性も見え隠れしていました。


総じて、綺麗な世界観に反して、この物語はハッキリとは見えません。各ルートでも時折感じた部分でありますが、非常にぼやかしながら、いろんな可能性を見せながら幕を降ろします。この見せ方や伏線がさすがのkeyというのが、正直な感想です。本作は、舞台となる島にポケットの如く、様々な不思議が詰め込まれていて、いろいろなところでリンクしながら、形になっていきます。新しい部分がありつつ、実は今までやってきた「key」らしさを随所に感じた、そんなお話です。

家族の話はやっぱり強いよ。