名作の看板に偽りなし。嘘、ちょっとあり。でも大変楽しめた名作でした。
おまけシナリオ込みで90点です。本編は80点か85点かな。おまけシナリオの酒乱出雲からこぼれ出た本音(だと信じたい)がひたすら愛おしかったので名作ラインの90点にしました。
CASE-1~3の優劣を付けるのに苦心するほど、個別シナリオの完成度は抜群でした。心の澱が溢れて止まらないCASE-1、あまりに美しく切ないCASE-2、ザ・青春!のCASE-3。これシナリオライター1人で書いたのマジ?
強いて言うなら、CASE-1の打ち切り作品のような締め方が気になりました。それに、初めて料理をふるまったときに「それは父親のお金だろう」と有島から諭されたにも関わらず、最終的に「あり余ったお金で育児頑張るぜ!(超絶意訳)」エンドはちょっと……。
一応フォローしておくと、CASE-0で世凪が執筆者であることが分かって、印象が大きく変わるシナリオではありました。凛も世凪も精神的自立が出来なかったんですよね。平たく言えば、自分の弱さと向き合うことが出来ませんでした。海斗と仲直りする際に自らの弱みを晒すことの出来た世凪。物語の大きな転換点となるシーンをCASE-1が担っていました。だからこそ締め方が余計に気になってしまいました。
それでも一番好きな個別シナリオはCASE-1です。n年後の自分を見ているかのような有島の幾多の自嘲にグサグサと胸を刺され、妻を押し倒す有島に肝を冷やし、自殺を試みるも果たせなかった心の弱さに共感してしまいました。なにより、妖しくてミステリアスなようでいて、世間知らずで稚気があって強情な波多野凛の沼に嵌りました。鯵の三枚おろし見るだけでこの子のこと思い出してしまうのは致し方なし。沼が深すぎない?
「四十を越えて失う物がなにもない、ということが、これまでなにも得ようとしなかった、なによりの証拠だ。」
↑n年後の私?😭
CASE-2は打って変わって中世イギリスが舞台のシナリオ。マーロウが記号的な悪役でしかなかったのが残念でしたが、離別の美しさは本作で随一でした。エリザベス女王の前で披露した「ロミオとジュリエット」をモノローグとスチルだけで表現したのはお洒落でした。このシーンで立ち絵やセリフを使うのは確かに無粋ですね。読み終わったあとに「愛を語るように 詩を紡いで 二人の夜を 永遠に変えた」というOPの歌詞で、胸が苦しさでいっぱいになります。
ウィルの恋愛に奥手なところは海斗に似せたとCASE-0で明かされましたが、酒場の才能ゼロなところも海斗の画力がゼロなところに似せたのかもしれません笑 物事を忘れられない特徴は言うまでもありません。
「あなたはまだ、自分の人生を生きていないじゃない」
「そんなあなたが、どうして死を恐れる必要があるの?」
「まだ、自分の足で歩いたこともなく──」
「自分の目でなにかを見たこともないのに」
「あなたを殺すには、あなたが生きていないといけないけど。もう死んでるみたいなもんじゃない」
↑オリヴィア様、ちくちく言葉すぎます😭
CASE-3は未来の日本が舞台。未来と言っても通信網が死んでいるので未来感はありません。CASE-3は多くの方が言及されていますが、こういうので良いんだよ🥰というシナリオでした。暗い展開は無し。カンナとカンナのお父さんが喧嘩するシーンはありますが、まあそりゃ叱るよなという話でした。お父さんは本作で一番まともな大人でした。スクラップハンター梓姫も好きなキャラクターのひとりです。カンナとすももの悩みを真摯に聞いてくれる、何だかんだ答えを返してくれる。これが2人をどれだけ救ってくれたでしょう。てか梓姫がハチマルをパクったことから話が大きく進みましたし、キーパーソンすぎましたね。ハチマルを3人で押して帰るシーンとか、青春すぎて眩しいです。SwitchのAボタンを押さないとカメラのシャッターを切れないシステムは、能動的に物語を読み進めている!という体験に繋がって、細かいところまで演出が考えられていて感心しました。
さて、肝心のCASE-0です。海斗と世凪を幼少期から丹念に描写しており、2人に愛着を持ちながら読み進めることが出来ました。幼少期の世凪が思考空間の存在を教えてくれた時点で早々に結末が見えてしまいましたが、そこまでの過程を充分楽しめるシナリオとなっていました。
基礎欲求欠乏症という病がいきなり出てきて驚きましたが、作中で海斗の母親や物語終盤の世凪が発症したのを見ると納得は出来たり。海斗とずっと一緒にいたい、でもそれは叶わない、それでも一緒にいたい……。この欲求が世凪を生かしていたと。いや〜、純愛と呼ばせてください。海斗の母親も、ずっと心配していた海斗を世凪に託すことが出来たからこそ最期を迎えたんでしょうね。シャチ君は征服欲一筋で生きていたんですかね?この子が発症して急死したのはちょっと謎。上手く政治利用されてそうな死に方だとは思いました(苦笑)
プロローグでの「この世界は個々の共通認識の集積から形作られている。」という語り口。世凪が眠りについたあと、「いつか──仮想世界の全ての人が世凪を認識するその日まで、私はそれを続ける(世凪のことを語り続ける)。」「仮想世界での共通の認識は、接続した人たちの相互機能強化を強めると思うよ」という海斗と遊馬先生の会話。幸せなエピローグなんて仰々しい名前が付いていますが、仮想空間で世凪と再会を果たして物語を締めるのは自然でしょう。
ただCASE1~3の幸せなエピローグは要らなかったかな。世凪が幸せになったからという理由も分からんではないのですが、どうしても蛇足感が拭えませんでした。本編に入れるのではなくおまけシナリオに入れればよかったのにね。
本作において最大の功労者である出雲についても少しだけ。家に帰ってこない世凪に向けて「世凪の帰りを待っていると、伝えてください」だったり、おまけシナリオでの「世凪、海斗、リープくん、好き。……スキスキ」だったり。たとえこれがプログラムによって仕込まれた言葉と言えど、家族を想う出雲の気持ちにうるっときました。でも本音だと信じたい! ポリッジしか作れなかったり、極端に物静かであったり、その反面実は芸達者だったり、酔っ払い機能が付いていてとんでもない酒乱だったり。少し風変わりなアンドロイドがひたすら愛おしいです。
名作だと喧伝されている作品はプレイ前からハードルが上がってしまい、読み終えるとなんか微妙だったな……という感想になる体験が私には何度かあります。本作は気になる点もあるとはいえ、時間も忘れてのめり込んで読み進めることが出来た久しぶりの作品でした。音楽もCASEごとに十数曲〜二十数曲もあってOPED映像まであってリッチな作品でした。ここまで曲数が多いのは初めてかも。しかし本作は中央値こそ高いものの、万人受けするかと問われると正直疑問符が付きます。まあ個人的には名作の看板に偽りなしということで。