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下総さんのあえかなる世界の終わりにの長文感想

ユーザー
下総
ゲーム
あえかなる世界の終わりに
ブランド
キャラメルBOX
得点
85
参照数
114

一言コメント

キャラを引き立てるのは世界観。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 セドナと呼ばれる地下世界で、TDテクノロジー社によって造られたLOSとNAIPが世界に普及した近未来SF……という、言葉を並べただけならありきたりすぎるほど使い古された舞台設定ですが、今作はその世界観の構築が素晴らしい。主人公が機械音痴(というかNAIP嫌い)なので用語の解説も自然で、これによって物語への没入度が格段に引き上げられていたような気がします。世界観も変に外の世界などを持ち出して広げすぎることなく、あくまで舞台設定としての近未来を貫いていたのが良かったです。

 そんな世界観よし、シナリオよしのゲーム。残るはキャラが合うかです。私は問題ありませんでした。

 キャラ……というより、このシナリオはリップルメインでほぼ一本道なので、リップルが合うかどうかですね。私はAIやアンドロイドを主題にした物語で、人間ではないヒロインが自己の存在について葛藤する……というような展開が苦手なタイプなのですが、リップルの場合は作中でも殊更に強調されていたように、彼女があまりにNAIPっぽくない性格をしていたおかげか、そのあたりで違和感を覚えるようなことはありませんでした。

 ひまわりや柚子も、物語での役割上出番が前半と後半で大きく偏ってはいたものの、しっかりと魅力的な少女として描かれていて、十二分に楽しむことができました。
 ナギも良かったんですが……初見時、ラストバトルの共闘で唐突に背中合わせの「昔からの相棒」みたいなCGを出されて、ちょっと困惑したのも事実です。個別イベント以外でももう少し出番が欲しかったかな。

 千冬は……まさかのOP前にエンディングを迎えてしまうという、もはやヒロインと言っていいのか分からない不遇さ。物語中盤から実は彼女が騒動の中心にいることが明らかにはなりましたが、だからどうということもなく。ひどい言い方になりますが、便利なマクガフィンとして使われていたな、という印象です。でもだからといってキャラに魅力がなかったというわけではなく、前半の日常パートではその精神面での成長に惹かれるものは確かにありました。まるでいいところがないような感想だったので、そこだけは誤解がないように。

 また、エロゲだとこれが一番重要でさえあるかもしれない主人公ですが、なつめに関しては大満足でした。非日常パートが始まってからの、彼のアンダーグラウンドの世界への向き合い方などは、感動すら覚えるほどです。急にすべての状況に適応して割り切ってしまうわけでもなく、かといっていつまでも動揺してうじうじ悩むわけでもなく……しっかりと一人の男として、友人達と共に過ごしてい日常、アーティストやひまわりと同居している非日常、この二つに向き合い、真剣に葛藤してくれるカッコいい主人公です。だからこそあの日常との決別のシーンにも重みが出てくるし、すべてを解決して日常へと戻った時の感動も一入であるというわけです。
 私が物語を通して感じていた心地よい緊張感は、総じてなつめの生き様から引き出されたものであったように思います。

 惜しむらくは、男キャラに軒並み声がついていなかったことくらいでしょうか……あれほど頻繁に登場するならあっても良かった気がしますが、このゲームが発売された年代を考えると、まだギリギリ仕方のなかったことなのかもしれませんが。

 物語としては6月5日から7月の頭までの一か月ほどの短い話です。それだけの期間でこれだけ濃密で緊迫感のある日常(非日常)を提供してくれた本作には感謝しかありません。