読後の喪失感、で言えば冬茜トム作品のそれは群を抜いている。
僕が名作の条件と考えているのは大きく二つです。
一つはその作品が表現した「世界」そのものを好きになれたか。これは「世界観」の話ではなく、そこに住む主人公たちの想いや営み、世界の景色や物語を通して感じる匂いなどすべて含めた「世界」のことです。
そしてもう一つが読後の喪失感。没入していた物語の世界から現実世界へと引き戻された時に覚える、世界に対する恋慕のような気持ち。
果たしてジュエリー・ハーツ・アカデミアという作品は、この二つの想いを僕に抱かせることに見事成功した。
……と、上から目線の評論家気取りはここまでにして。いやー流石です冬茜トム先生。初の単独企画・シナリオ作品である彩頃から、どんどん進化していってる。元からめちゃくちゃ面白いのに、新しい作品が発表されるたびごとに細かい欠点が改善されてって、どんどん完璧に近づいてってる。彩頃・あめぐれの頃によく言われてた「日常パートがつまらない」という点も、さくれっとやジュエハでかなり改善されてる気がする。僕はそもそもあめぐれの日常シーン大好きで購入決めたクチなのであてにならないかもしれませんが。
さらっと本編にも触れとくと、ジュエハは所々に彩頃の雰囲気を感じた作品でした。能力バトルモノとしては意志は戒で言い換えられますし。中ボス戦なんかもそうでしたね。アリアンナ対ギメル戦、すべてを乗り越えて前へ進む「超越」の意志とその逆である「停止」の意志のぶつかり合いは、人と結び合おうとするみさきに対する「絶縁」の縁、の図を思い起こさせました。ラスボスも主人公勢から完全な拒絶をされて負ける、という退場の仕方ですが……これは判定ガバガバすぎですかね。(ガバガバといえば今作では肛門がばゑネタ出てこなかったですねまあそもそも吸血鬼でアナルないかもしれないからそのせry)
また演説シーンでノアを撃ち殺したことによって、「話せば分かる」という一つの楽なゴールを自ら否定したのは人種問題を扱う作品としての一つの分水嶺だったかなと。ものによっては紆余曲折あった末に「やっぱり暴力は良くない! 話合いで解決しよう!」的な着地をするぬるい作品(そんなこと言っちゃいけない)もある中で、ジュエハはよくやってくれたと言いたいです。賛否両論あるラストの唐突な蛇女戦も、アリアンナ含め主人公勢が明確に「存在しちゃいけない相手」を認識し、その不条理の塊を「神」という絶対的な力で打ち破るという物語上の妥当性を考えれば必要な過程だったと言えます。正直最初は自分も文字通り蛇足だろこれ……と思っていましたが、物語としては面白くなくとも必要ならば絶対にあった方がいいよなと思い直しました。これの元祖は映画ドラえもん「雲の王国」でしょうかね。別にアニメ史が特別詳しいわけでもないのでこれ以上の言及は避けますが。
見事な伏線回収によるどんでん返しが評価される反面、回収しきれてない伏線も多く粗が目立つともっぱらの評判であるトム作品の中でも、今作はぶっちぎりで勢い任せなシナリオだったことは明らかです。世界全土に関わる人種問題という大きすぎるテーマを扱ったのですから、そのすべてを書ききれないのは仕方ない面もありますが、それでも読了後に一抹の引っ掛かりを覚えたのは事実です。
そういう意味では今作は、あめぐれやさくれっとのような爽やかな読後感を味わうことはできませんでした。
気になる点も多かったですし、またストーリーをシリアス全振りにした結果騒動解決後のヒロインとのイチャラブ日常パートが削られたのも大きいと思います。ただこれはトムが手を抜いたというより、シナリオの分量的に仕方なく……という感じかなと思っています。なんでもこれでもちょっと規定の分量オーバーしてるみたいですし。とにかく事件解決後にその幸せも噛み締める暇なくエンディングからのタイトル画面に戻ってしまったのは余韻が生まれなかったという点で少し物足りなかったかなと。
しかしやはり中盤のどっきりには肝を抜かれましたね。吸血シーン。ただ僕の驚きは「彼女らが吸血鬼だった」ということよりも『自分が無意識に「人間」を多数派だと考えていた』ということに否が応でも気づかされた点にありました。この世界に生きていると、どうしても我らホモ・サピエンス・サピエンスが食物連鎖の頂点であるかのように思い込んでしまいますし、事実その通りだと思います。その根底をそれこそ関東大震災並みの衝撃で揺るがしてくるこのネタは、なんなら過去のどの仕掛けよりも驚いたかもしれません。てかあの世界だとホントに人間なんもできない木偶の坊すぎて、迫害されてたのはむしろ自然淘汰だろうと思うところがありました。吸血鬼との遺伝率9:1って、それもうあのままノアが何事もなくアトラス共和国作ってても数十年後には人間絶滅してそうだよね。
とまあ色々思うところもありますが、それをすべて補って余りあるジュエハの描いた「世界」の魅力が伝わってきた作品でもありました。ソーマ達が多大な努力と犠牲の上につかみ取った平和への第一歩は、決して無駄にはならないだろうと、そう思えるだけで胸がいっぱいになる作品でした。消化不良な点も、神となったアリアンナがなんとなくどうにかしてくれるでしょう(自棄)
ただどうか……どうか各ヒロインとのアフターを出してくれ……出してください、きゃべつそふと様……!