おとぎ話の主人公の子孫たちが暮らす美夜島――そこで語られるのは、温かな家族愛。そして一つの行動の美学である。……鈴鹿さまがとてもかわいい!
表面的な評価をすれば、思いの外シナリオがしっかりしたキャラ萌えゲー、です。しかし、本作にはそれだけでは語りつくせない魅力があると感じたのでちょっとつらつら語らせていただきます。
〇舞台・背景設定
調べたところ、聖地は全国に点在しているようですね。美夜島の景観は香川県の直島がモデルみたいです。名前は宮島(厳島)からかな?
そして背景設定。ALcot様の新本シリーズに触れるのは今作が初だったのですが、どうやら宇宙人(メフィラス=ポテフ第7白色彗星人)やら秘宝やらの設定は新本シリーズを通してクロスオーバー的に描かれているものらしく。日本ではなく新本の歴史の史実ということなんでしょう。購入済み未プレイの「将軍様はお年頃」の登場人物を眺めていたらまさかの名前を見つけてとても興奮しました。早くあっちもやりたい……。
次は日本の歴史・神話に当てはめて軽く考えてみます。
吉備津彦命・温羅・大嶽丸・鈴鹿御前・悪路王あたりは実在というか史料・伝承に残る名前です。本作は「鬼ごっこ!」というだけあり日本の鬼退治系の伝説をごちゃまぜにしたちゃんこ鍋的設定になっており、具体的には
・10代崇神天皇の頃に活躍した四道将軍の一角・吉備津彦命が温羅という鬼を討ったという吉備津神社につたわる縁起伝承
・坂上田村麻呂の鬼退治の伝承
・坂田金時をはじめとする頼光四天王を連れた源頼光による酒呑童子討伐伝説
この三つをごちゃまぜにしたのが今作の歴史的背景だと思います。鈴鹿山の大嶽丸を討伐した田村麻呂は鈴鹿御前と恋に落ちたとあり、初代怪盗温羅と鈴鹿の関係にも当てはまります。あとこれは知らなかったんですが、鈴鹿御前って立烏帽子という女盗賊とも同一視されてるらしく。山賊だった悪路王と合わせて、温羅の怪盗設定はここらへんから着想得たのかな。
吉備津彦命は西道、つまり山陽地方に派遣された皇族であり、瀬戸内海の直島(蝦夷内海の美夜島)という地理とも合致しますね。
また本来は御三家と共に土蜘蛛を退治していた怪盗温羅が、後に桃太郎に追われる鬼とされるようになった、という逆転現象の設定は恐らく
「また、吉備津神社の本来の祭神を温羅と見る説もあり、その中でヤマト王権に吉備が服属する以前の同社には吉備の祖神、すなわち温羅が祀られていたとし、服属により祭神がヤマト王権系の吉備津彦命に入れ替わったという説もある」(『吉備津彦命』のwikipediaより)
ここら辺から着想を得たものじゃないかなと。そしてそれは「土蜘蛛」やら「蝦夷」内海やらまつろわぬ民の名前を積極的に出してくる辺りの姿勢とも共通するものじゃないかとも思ったり。あんま考えすぎると陰謀論的になるのでここらでやめときましょう。
御三家の名前について、吉備津宮家はそのまんま、坂上家は「坂上田」村麻呂と「坂田」金時からでいいんでしょうけど。西園寺は作中で「サイオン」と呼ばれるように家柄からして宇宙人関係なので、サイオンから西園寺、でいいんでしょうか。藤原氏の清華家の方の西園寺とは関係ありませんかそうですか。個人的には『とはずがたり』に出てくる雪の曙のモデルとされる西園寺実兼が大好きなのでそうだったら熱いんですけどまあ西園寺って創作だとありがちなお嬢様苗字だし多分ホントに関係ないんだろうないやでも(ry
残る主人公一族の浦部。これは頼朝四天王の一角である「卜部(うらべ)季武」からだと思います。作中、乙女ルートで圭介と乙女が「浦部・温羅と浦島太郎ってつながりあるのかな?」的な話をしていましたが、少なくとも「日本」の歴史で卜部も温羅も浦島太郎とは(その音の近さから様々な考察がされているものの)あまり関係がなく、一般的には『丹後国風土記』に伝わる亀比売の伝承がその元祖とされています。まあ温羅伝説も渡来人説とか色々あって言い出したらキリがないしそもそもこれはエロゲの感想なので神話の話はここまでで。
〇本編
個人的には後日談まで含めて、それで一つの物語だと考えているので、ファンディスクのお話まで含めた感想であることをご了承ください。
あとこっから敬体と常体と話し言葉ごちゃまぜになります。
今作のテーマとなっているのは、主人公の性格がそれを表しているように「自分に正直に生きること」と「家族愛」だ。私がこの作品をシナリオもよく書けているキャラゲー、で済ませないのはこの「家族愛」がとてもしっかりと描けているからこそである。その一つ一つを個別√ごとに書いていく。
攻略順は 暮葉→加奈→灯→乙女(ルート解除&グランド?) でした。やっぱ偽温羅側の事情を最初に把握しておくことは大事だと思うのでこの順番が適切かと思います。
〇共通
まず共通の雰囲気がいいのが良い。名前まで同じであからさますぎるやべぇパロディキャラの熊吉をはじめとする、愉快なキャラやかわいいヒロインたちに囲まれた自然豊かな島での学園生活。しかし主人公たちには使命があって、御三家のヒロインたちとは追う追われるの、本作的に言えば「鬼ごっこ」の関係。基本的には明るいギャグと軽いシリアスで紡がれた話の根底に流れる適度な緊張感のある引き締まった日常で、共通√は中だるみもなくどんどん読み進めることができていました。
欲を言えば、偽温羅騒動だけではなく、怪盗温羅としてなんらかの秘宝を盗むお話も見せてほしかったな、というのが少し残念なところ。結局、温羅が怪盗としてまともな活躍をするのって偽温羅捕縛と個別終盤時だけなんですよね。普通の温羅としての姿を描くエピソードが一つでいいから欲しかった。じゃないと世間で義賊として人気な普段の怪盗温羅がどういう存在なのか、台詞だけでは説得力が足りず、その行動理念を100%理解せぬうちに個別へ突入することになります。まあそこは鈴鹿が妙に温羅に好意的な辺りから察しろ! ということなのか。
〇住吉暮葉ルート
金髪碧眼ツインテツンデレロリ忍者……要素多いなお前。 ただこのうち金髪碧眼ロリなのは大嶽丸(オトァケル)の血を引いているからで、忍者なのは土蜘蛛だからなので、意外と設定に忠実(?)なキャラ造形です。『幼馴染は大統領』やってたら、初見で宇宙人の子孫だって見抜けたんですかね。それ知らなかった僕からすると乙女と鈴鹿のキャラデが暮葉と被って事故ってるようにしか見えませんでした。特に鈴鹿は、FD見た時最初誰だこの暮葉のそっくりさんはと。金髪碧眼で小柄なのがメフィラスなんとか星人の特徴なんですね。将軍の方やる時はそれを念頭にプレイしよう。
一応名前の元ネタ。「住吉」は一寸法師の両親が子どもを欲しいと願ったのが住吉三神だったからで……「暮葉」の方はちょっと自信ないですが、紅葉伝説の鬼女紅葉が「呉葉」という名前なのでそこからですかね。父親の方は、民俗学で「小さ子」とよばれる信仰の源流であるスクナヒコナからでいいと思います。
性格はツンデレ。最初はツンツンで堕ちるとデレデレになる、古き良き方のツンデレです。青葉りんごさんの演技はズルい。一般的にはウザいとされるあざとさもメーター振り切るとただただかわいいの極致に至ることをその声一つで分からされました。クッソ適当な「いらっしゃっせー」も大好きだけど。
しかし彼女の本質はそこではない。
ただひたすらに父を愛し、家族に会うためならその身を危険に晒して偽温羅を名乗ることも厭わない強い意志と、しかし一度仲良くなった仲間には非道な手段は選べず、それどころか相手の身を案じる優しさを持つ彼女が、不器用な住吉暮葉という女の子の一番の魅力でしょう。
故に彼女の√では、灯√に並んで家族を大事に想うシーンの印象が強かったように感じます。土蜘蛛の再興などどうでもいいから父親を助けたい――その小さく、けれども強い願いはあらゆる場面で見ることができる。忍の頭領となった父との再会の場面を筆頭に、母親との関係に悩む灯を慮る姿や、すべての個別中盤以降で頭領の部下となった暮葉の笑顔から、その懸命な姿勢は感じられる。
そんな彼女も圭介と付き合いだすとそれはもうデレデレになり……あれは冷静になるとドン引きしてとてもじゃないが見ていられないので、脳味噌を十分に溶かした状態でプレイしましょう。じゃなきゃ耐えられないよ、あの二人のやりとりは。数あるバカップルの中でも、なんか種類が、種類が僕向きじゃなかった。ああいうのは素面だと共感性羞恥でダメになる。決して楽しめなかったということではなく、むしろ暮葉のかわいさ、その幸せそうな笑顔や言葉の数々には温かい気持ちになったのだが、それはそれとして、という話だ。いやめちゃくちゃかわいいんだけどね?
――他人に頼ることを許さず、他人に本音を打ち明けることが不得意な彼女だけれども、そんな暮葉の秘める優しさを、周囲はよく理解していたから。
彼女の優しい心は、みんなにしっかりと届いていたから。
だからあらゆる√で暮葉は救済され、彼女もまた大切な仲間たちの信頼に報いるために、坂上家での修行に真摯に取り組むのだ。彼女が許されるのは決して物語上の都合というだけではなく、彼女の性格がそうさせているのだと。そう思わせてくれた住吉暮葉という女の子に、私は最大限の感謝をしなければならないだろう。
だからこそ、乙女√にて、タマテバコによる記憶消去に狼狽える圭介におざなりな対応をされた暮葉の悲嘆は、見ていてほんとうに辛かった……あの場面では誰も責めることはできない不幸だったからこそ、やり場のない悲しみがいつまでも心に残る。あそこで「乙女のことは覚えていない、申し訳ない」という頭領の心情も考えて、余計耐えられなくなった。なんともないワンシーンのはずなのだが、感情の揺さぶられ具合だとあの場面が一番心に来た。乙女√中に暮葉のことで悲しむのは、暮葉と乙女という二人のヒロインに対して真摯でなく、大変失礼だったと、今では思う。
あと無印のラストで暮葉が一年で戻ってくることは分かっていたので、FDで二人が試験の合否を憂うシーンが茶番にしか思えなかったのは構造上の欠陥だと思う。僕も二人と一緒にハラハラさせてほしかった。
〇坂上加奈ルート
実質鈴鹿ルート。まだ当時のスレとかいろんなところの感想とかよく読んでないけど、絶対そんな感じの評価で固まってるでしょ。
ただこれに関しては加奈の影が薄かったというわけではなく。むしろ加奈はとても魅力的なヒロインだと思うのだが、それ以上に鈴鹿のインパクトが強かったのが想定外だったのでは。FDではとうとう「加奈&鈴鹿」という括りになってたし。妥当。
おかっぱで小柄な「手弱女」という言葉がよく似合う大和撫子。その身に強い意志を秘めているところまで含めて。
いや実際加奈凄すぎだろ。御三家の当主やりながら学校に通って、歴史学関係の趣味の時間も作って。灯√であんだけ愛していた娘への対応がおざなりになるほど仕事に追われていた真紀さんを見る度に、え……坂上家の当主様ハイスペックすぎ……となりました。まあ「護」の坂上と「政」の吉備津宮じゃ、同じ御三家でも仕事量違うのかもしれないけどね。それでもね。
彼女が頼りになる坂上家の立派な当主であることは、困ったら坂上家に集まる主人公一行の姿からも容易に読み取ることができます。むしろ物語を進めていけばいくほど、この子のどこが気弱なんじゃいとツッコみたくなった。むしろ御三家の面倒なしがらみや因習にもとらわれず、誰よりも自分の意志を突き通す頑固者じゃねえかと。
加奈はイチャラブシーンよりも初えっちシーンの印象が強い。初手で言葉責めしてくるようなヒロインが奥手なわけあるかい。
あと委員会室に仰向けで寝てるスチル、俎板の上の鯉でワロタと思ってたら数秒後に圭介も同じこと言ってて笑った。やっぱそうにしか見えないよな。
そしてそんな当主を代々支えてきたのが、金の鉞によって魂のみの存在となった鈴鹿です。一番好きなヒロインです。誰よりも悲劇のヒロインしてたし、誰よりも救済のヒロインしてた。
もうね。鈴鹿関係の話はどこを取っても感動できるので説明なんかいらないんじゃないかと思うが、だからと言って文字に起こすのをやめるのは怠慢でしかないので……
オトァケル率いる土蜘蛛への恨みを晴らすために、秘宝を使って坂上家当主の身体に宿ることとなった鈴鹿。けれども彼女は決して悪者ではなかったから、平時は代々の当主の良き相談役となり、御三家の次期当主という大きすぎる使命を持って生まれた若い娘たちの良き友となった。それはひとえに、彼女の愛ゆえに。彼女からすれば、どれだけ時が経とうと坂上の子は等しく自らの子供であったのだ。自らに矛を向ける熊吉さえも、彼女はその広い愛で以て受け入れ、笑って許したことを誰もが知っている。そんな鈴鹿だからこそ、代々の当主は日記に鈴鹿への感謝を書き記し、皆がその幸せを願ったのだ。
1800年に渡る、鈴鹿の頑張り物語。ファンディスクの物語はその結実である。
鈴鹿は自分を亡霊のようなものだと言った。本来ならば死んでいるべきなのに、秘宝の力で生き永らえ、坂上の人間の身体に宿る厄介者だと。
『時々思うのじゃ。今ここにいる妾は、亡霊じゃと』
『妾は本来なら1800年前に死に、とうに朽ち果てていたはずの身。未練がましく魂のままとどまり続け、坂上の娘を代々苦しめてきた』
『それが今、自分の身体を取り戻してのうのうと生きておる』
『それどころか、愛しい男との逢瀬に舞い上がり、普通の女子のように笑っておるとは』
(FD加奈&鈴鹿編・鈴鹿)
ゆえに彼女は常に自罰的であり、自らの幸福を決して容認せず、加奈や圭介に差し伸べられた手を取ることもついぞなかった。
『そんなの、許されるわけがないじゃろう?』
『そうじゃ。許されるわけがない。許されるべきではない』
『妾のせいで命を落としていった数え切れぬ魂のために祈りながら、ひっそりと最期の時を待つ……』
『それが今の妾にできる、せめてもの償いじゃ』
(FD加奈&鈴鹿編・鈴鹿)
どこか自分に言い聞かせるような言葉の反復。自ら幸福を遠ざけようとする鈴鹿。「償い」などという言葉は、自己の存在を罪であると捉えていなければ出てくることはないだろう。
土蜘蛛との因縁もなくなり、役目を終えたと考えた鈴鹿は加奈√のラストにて、自らの首を差し出すことでその(鈴鹿にとって)罪の鎖を断ち切ることを選んだ。それほどまでに彼女は自身に厳しく、他者に優しく、圭介の言うようにあまりに「危うい」女の子だったのだ。
そんな鈴鹿が加奈と圭介と共に幸せを知り、恋を知り、それでも自分が許せずその幸せを手放そうとするけれど、やっぱり二人がそんなことは許さず。
鈴鹿が幸せを手放すことなど、鈴鹿が幸せになってはいけないなどと、誰も思ってはいなかったのだ。
『鈴鹿さま、幸せになってください』
『これは1800年の間、ずっと鈴鹿さまと一緒に過ごして来た、坂上家の歴代当主を代表してのお願いです』
『わたしも、圭介さんも……みんなが、望んでいます。鈴鹿さまが幸せになることを』
(FD加奈&鈴鹿編・加奈)
それはかつて、妹のためならば当主よりも上の存在である鈴鹿にも逆らった坂上熊吉が、あの熊吉が彼女を「大切な家族」と認めたことが象徴的なように、皆が鈴鹿の幸せを心から願っていたのだ。
『三人で、幸せになろう』
(FD加奈&鈴鹿編・鈴鹿)
そう言った鈴鹿の笑顔。鈴鹿の幸せそうな声。
畢竟私は鈴鹿のこの言葉を聞くために本作と出会ったのだ、そのためにこれまでプレイしていたのだ。そう思わせてくれる、最上の一言でした。
圭介と、加奈と、鈴鹿の、三人で。いつまでも笑い合いながら、幸せな人生を歩んでほしいと強く願う。
〇吉備津宮灯ルート
正直、センターヒロインの割には活躍してないとか言ったらいけないですね。葵は妹として常に圭介の近くにいて、加奈は鈴鹿として物語の重要な真相を語ってくれて、暮葉は偽温羅として必ず注目される立場にあって、乙女は圭介の恋路をアシストしてくれたり脱いでお色気担当してくれたり、そもそもグランドヒロインだったりする中で、彼女だけただの木刀振り回してるうっかり侍だとか言ったらいけないですね。
他の√だと別に温羅が頑張って生命の桃を盗まなくても真紀さんは生きていて、勝手に母娘で仲直りしてるのなんなんだろうとかも思っちゃいけないですね。
灯自身はかわいい。とても魅力的なヒロインだ。だが、主人公がいてもいなくても時間経過で勝手に解決するタイプの問題を抱えたヒロインというのが、私はどうにも苦手だ。それじゃ主人公とヒロインのあの頑張りは、あのなにがあっても二人で頑張っていこうという気持ちを見せてくれた感動はなんだったんだという感情の方が先行してしまってどうにも。
だが少々理詰め的な話になってあまり好ましくはないが「主人公と付き合う必要性」という点で考えれば、灯は正にメインヒロインに相応しい。
暮葉は偽温羅バレした後、坂上家の忍として頭領の下につき、「父を取り戻す」という本懐を遂げる。
加奈には鈴鹿がいる。
乙女は圭介と他ヒロインが付き合い、それを応援することも「恩返し」だと捉え前向きに生きる。
冷たい言い方をすれば、彼女らは別に圭介と恋仲にならずとも自らで幸せをつかみ取れるだけの資質と環境を持っている。
しかし灯は一人では、どうやっても失った父親、吉備津宮護を取り戻すことができない。
母と和解し、親子二人で幸せの道を歩もうとしても、元来パパっ子だった灯の心には一抹の蔭りが常にあることだろう。
その心の隙間を埋めることができるのは主人公圭介のみである。
灯√で繰り返される「圭介とお父さんは似ている」という台詞からも分かる通り、灯も真紀さんも、圭介を通してその向こう側に吉備津宮護を見ている。もちろん、圭介が二人にとってただの代替物というわけではなく、灯は間違いなく等身大の浦部圭介を愛している。しかし圭介を愛すると同時に、それによって父親を失った寂しさを癒していることは作中でも描かれている通りだろう。
そういう理由で灯だけが唯一、幸せになるための存在として主人公を必要とするヒロインなのだ。
また怪盗温羅の正体の明かし方としても灯√の成り行きが最も好ましく、お気に入りだったので、その点も嬉しかった。
そしてFDにて、圭介の前で親子二人並び、料理をする灯と真紀さん。正に、幸せを切り取った一枚だ。浦部圭介は、怪盗温羅は、この光景のために決断し、お宝を盗んだのだと。その結果としての、この幸せなのだと、そう思わせてくれるとても素晴らしい一枚絵でした。
あ、真紀さんとのえっちはとてもえっちでした! 人妻えっちとてもえっちでした!!!!!
『……女として意識してもらえてるのが、なんだか嬉しくなってる』
『気がつけば、メイクにも力が入るようになっていた』
こことか! 未亡人が新しい男に傾倒していく様子を一番えっちに描いた名文だと思いましたまる
〇西園寺乙女ルート
僕は大好きなんですけど、どうやら二度行われた人気投票では地べたを這いつくばっているらしく。なんなんでしょうね。グランドヒロインというよりは、種明かし的なシナリオでそっちにリソース割かれたのがいけなかったんですかね。『千恋*万花』のレナ√みたいな。まあ確かに乙女はかわいくて大好きなんですけど、語ることがあまりないのはそのせいなのかもしれない。
巨乳お姉ちゃん。北見六花。えっち。
キャラデザもとても好みです。白髪で、ハーフアップで、リボンで乙姫の髪型を表現してるとことか、凝ってて好きです。
そしてなにがかわいいって、よく笑うのがかわいい。彼女はいっつもニコニコしてるんですよね。笑顔がとても似合う女の子、大好きです。
その上家事も完璧で、小さい頃に結婚(結婚ではない)の約束をしていて、血のつながった家族……要素だけなら強すぎる。なんで人気ないんだ本当。
乙女が他の√では、圭介とその相手の仲を応援することが「恩返し」だと思って身を引いてた、という説明が献身的すぎて泣けました。
彼女の√だけ家族愛が語られないなと思いきや、乙姫(オートゥス)が多少毒親の気がありつつも結局子供想いないい母親だったり、そもそも圭介と血縁関係だったりしたのは良かったですね。
>< ←ちょっと違うけどこの顔好き
……てか鈴鹿と頭領相手に普通に勝っちゃう悪路強すぎる。なんだあのジジイ。
〇浦部葵ルート
僕は妹キャラって嫌いなんですよ。どうしても倫理観そっちのけでヤリまくるインモラル展開か、もしくは世間がどうとか真面目に考えすぎてしらける展開の、どちらかになるしかないから。その上で言わせてもらいたい。この葵√が、僕は大好きだと。
なんでってね、このお話、葵√にみせかけた『鬼ごっこ!』の集大成なんですよ。これまで四人のヒロインのシナリオを読んできたからこその感動があります。
まず展開としては、偽温羅が捕まってしばらくするも主人公とヒロイン達に恋愛的な進展がなく、全員からなんとなく惚れられている準ハーレム状態で始まります。
そこで強硬手段に出る葵と、その気持ちにどう向き合えばいいか悩む圭介。
この二人に対する周囲の対応が素晴らしくて。
乙女『ですが、恋は理屈ではありません。頭でいくら否定しても、心と体は正直なものです』
暮葉『あいつは変に利口だから、自分の気持ちを閉じ込めがちだ。取り繕おうとして笑っていたが、本音は涙の方だろう』
加奈『兄妹で恋愛をするのは、おかしいと思います。道徳的にあってはならないことです』『ですが、おかしいことはおかしいままでも良いと思います』
灯『親と喧嘩別れをしたまま、遠くで暮らし続けるのって……正直辛いわよ』
(FD葵編)
これらの言葉から分かるように、圭介と葵に対するみんなの向き合い方が、それぞれの自身の課題であったり、信念であるわけです。
圭介のことを心から愛していたが、「恩返し」が終わったからといって一度は竜宮城に帰った乙女。しかし圭介を思う気持ちから、地上での暮らしを選んだ乙女。
他者に頼ることをせず、自分の気持ちを決して打ち明けず、周囲に弱音を吐くことなく、一人ですべてを抱え込んでいた暮葉。しかし圭介たちと生活するうちに、信じることができる仲間を見つけた暮葉。
常識的に考えたらどこか変で、法律上は不可能であっても、圭介と二人の幸せではなく、圭介と鈴鹿との三人での幸せを選んだ加奈。
親である真紀と真剣に向き合うことができず、すれ違ったまま生活している灯。
圭介と葵への対応が、そのまま自己の写し鏡だったんですね。他者を通して自己を見る、ということをしているヒロイン達はあまりに「人間」でした。
そうした四人の、特に乙女の「心と体は正直なもの」という言葉が主人公の生来の「素直で正直で嘘がつけない」という性格と繋がり、葵への気持ちの自覚に繋がるのです。
恋心の自覚によって晴れて恋人関係になり、世間を乗り越えるべき「壁」と認識するようになった圭介。そんな圭介にかけた鈴鹿の「飛び越えるだけが『壁』じゃない。石を積み上げて越えてみる手もある」的なあの言葉は、つまり二人の結末の形を言っているのだ。
目の前に立ち塞がる悪路を無理に倒すのではなく、美夜島で出会ったたくさんの仲間たちと一緒に暮らしながら、少しずつ強くなって、いつか「壁」を乗り越える。そういう未来のことだ。
こういう美しい光景を見せてくれたから、私は妹ゲーに抱きがちな嫌悪感を覚えることなく、圭介と葵の恋のゆくえを見届けることができたのだと思う。「兄妹愛」だけで終わらず、美夜島で暮らす人々を丁寧に描き、これまでのすべての積み重ねを使って葵と圭介にしっかりと向き合ってくれた、正に「鬼ごっこ!」の集大成と言える素晴らしいお話でした。
一つ不満なのは、二人の関係を灯にバラすタイミングです。周りみんなが二人の関係に賛同しているところでそれを打ち明けたら、灯に賛成しろという集団圧力をかけているようなものです。灯に対して誠実であるためにも、関係を話すのはみんながいない、三人だけの時にしてほしかった。でなければ灯が報われない。あのシーンはちょっと灯がアウェイすぎて可哀想だった。そこだけ。
〇全体の感想
最初にも言った通り、そして乙女が言っているように、「自分に正直に」が本作で幸せに生きるための秘訣だったなぁと。なんらかの事情で本心をさらけ出せなかったり、色々のしがらみがある中で、素直で正直者の主人公がそこに飛び込み、怪盗として、浦部圭介として行動することでそれを変えていく。
幸せになりたいと言うこと。仲間を頼ること。歩み寄ること。想いを貫くこと。
文字にすると途端に陳腐になる、けれどもだからこそ生きる上でとても大切なことを、その身一つで示してくれた浦部圭介と、美夜島に暮らす全ての人々に感謝を込めて。