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バタイユさんのハーレムゲーム ~俺はコレのおかげでエロゲーの主人公になれました!~の長文感想

ユーザー
バタイユ
ゲーム
ハーレムゲーム ~俺はコレのおかげでエロゲーの主人公になれました!~
ブランド
INTERHEART
得点
90
参照数
320

一言コメント

十全という男の挑戦。エロゲ界最大の問題に立ち向かう、壮大な闘いへの入り口。 美少女ゲームにはいつからかテンプレのようなプロットが生まれていた。 ヒロインの好感度を上げて個別ルートに入り、ヒロインの問題を解決しハッピーエンドを迎える。 ヒロインは主人公により救われました、ラブラブになったね、良かったね、というわけだ。 そしてこのプロットから生まれる裏の問題が今作のテーマである。

長文感想

十全という男の挑戦。エロゲ界最大の問題に立ち向かう、壮大な闘いへの入り口。

美少女ゲームにはいつからかテンプレのようなプロットが生まれていた。
ヒロインの好感度を上げて個別ルートに入り、ヒロインの問題を解決しハッピーエンドを迎える。
ヒロインは主人公により救われました、ラブラブになったね、良かったね、というわけだ。
そしてこのプロットから生まれる裏の問題が今作のテーマである。




◇「Kanon問題」という言葉がある。

これはKeyのゲーム「Kanon」の名を冠したした命題として知られている。
簡単に説明すると『あるヒロインと結ばれた時、他のヒロインは不幸になる』という問題だ。
ゲームの主人公からすれば、ルートに入らなかったヒロインの問題点を把握していないのだから何の問題もないのかもしれない。
しかしプレイヤーの視点で考えると、ゲーム攻略の周回の中で全ヒロインの問題点を知ることになる。
するとどうか? ルートに入らず救えなかったヒロインへのモヤモヤが残るのだ。
知ってしまったばかりに、心にわだかまりが残る。
当時「Kanon」をプレイしたオタクたちに、このような感情を想起させることが多かったのだろう。
上記のモヤモヤは、いつしか「Kanon問題」として認知、共有されるようになったらしい。

私は「Kanon」をプレイしたことはなかったし、その世代でもない。
タイトルは忘れたが何かしらのゲームをプレイした時にこの問題に気付き、同様の疑問を持つ人がいないかをインターネットで検索し「Kanon問題」という言葉を知ることになった。
これは「Kanon問題」が「Kanon」という特定のゲームにのみ存在する問題でなく、エロゲ(ADV)にとって普遍的な問題だという証左だ。

「Kanon問題」を解決したゲームは、実は存在していた。
例えばループもの、CROSS†CHANNELやD.C.3など。
多世界解釈を採用していると作中で明言されているD.C.シリーズなども一応の解決を見ているかもしれない。
しかしそのどれもが複数のキャラのルートを、SF設定やファンタジー要素(魔法など)によって統合し、言葉を尽くして「全員が救われたのだ」ということを説明しているにとどまっていた。
早い話が「Kanon問題」の解決を、SF設定やファンタジー要素(魔法など)に丸投げしたということだ。



◇今作「ハーレムゲーム」の何が凄いのか。

結論を先に述べる。
今作はSF設定やファンタジー要素(魔法など)に頼らずに「Kanon問題」を解決した史上初めてのゲームである。

「いや、このゲームには魔法があるし、舞台は近未来じゃないか」と疑問に思う人もいるだろう。
それはその通りだ。
が、それらはあくまで舞台設定に過ぎず、「Kanon問題」の解決には寄与しないのだ。
「Kanon問題」の解決は全て主人公の意志と行動のみで行われるよう、意識してシナリオが書かれている。



◇「ハーレムゲーム」の作中で「ハーレムゲーム」を拾うメタ展開の意味。

主人公が「ハーレムゲーム」というエロゲを拾う、そしてそのエロゲによって自身の能力を上げていくことになるわけだが、このメタ展開に意味はあるのか?

主人公が「ハーレムゲーム」を拾ってすぐ、ヒロインであり魔術師でもある香奈が登場。
拾ったのは香奈の作った魔法のエロゲだということを知る。
そして香奈から「主人公と結ばれないと確実に不幸になる5人の女の子」がいると聞かされる。
主人公は5人のヒロインを救うためには全員と結ばれなければならないことを知り、ハーレムを形成することを決心する。

こうして導入シーンをまとめると、最初にゲームを拾う展開はストーリー上で不要だ。
ストーリーの起点は香奈との出会い。
香奈の魔法で5人のヒロインの運命を知ることが重要なのだ。

にも関わらず「ハーレムゲーム」というエロゲを拾う展開を挿入した。
その狙いは「Kanon問題」を意識させることにある。
つまり「主人公と結ばれないと確実に不幸になる5人の女の子」と「エロゲ」を結びつけるための措置だ。

プレイヤーの中でめざとい者にはあらかじめ「Kanon問題」を意識させておく、そしてこれから解決手法を見せてやろうと。
ライターの自信のほどが見えてくるような、なんとも期待させてくれる構成だ。
そしてその期待は裏切られない。




◇主人公の闘い。

ヒロイン達に待ち受けるバッドエンドの未来を知ってしまった主人公。
誰か1人を選べば4人が不幸になる、避けられない運命。

普通のゲームなら「運命なんてぶっ壊してやる!」とか「神が決めたルールなんかに俺は従わない!」とかカッコつけたことを叫んで、「運命と戦う」みたいな薄っぺらい展開になることが多いだろう。

このゲームはヒロインそれぞれの抱える問題、家庭の事情や金銭事情などの問題を積極的に解決しようとはしない。
ヒロインに寄り添い好感度を上げてルートに入ることが目的のゲームではないからだ。
「ハーレムを作る」という目標ありきでストーリーは進行する。
ハーレムを形成し、全員のルートを同時に攻略すれば全員のグッドエンドが迎えられるのだから。
「Kanon」では1人しか攻略できないから、他のヒロインが救われない。「ハーレムゲーム」では全員攻略して全員救いたいという対比が描かれる。

ハーレムを形成する際には新たな障壁が生まれる。
それは主人公の倫理観と、女の子からの拒絶だ。
主人公は目の前のヒロインを攻略する時には本気で愛し、その1人と付き合いたいと思う。
しかし他のヒロインを助けるために、1人だけのルートには入ってはいけないのだ。
ヒロインの側から見ると、自分だけを愛して欲しいのに、目の前の男は5股を掛けようとするのだ。
だから主人公のハーレム形成に反対する。
どちらも、現実的な感覚を持っていれば、その時の感情は想像するに難くない。

今作「ハーレムゲーム」における主人公の闘いとは、この2つの障壁を乗り越えることなのだ。

(この精神的な闘いを強調して描くためだと思われるが、ヒロイン達のバッドエンドの内容はそれぞれ一文でサラリと書かれるだけだ。設定や出来事よりも、内面の描写に重きを置いている)

そして最終的に主人公はハーレムを形成し、ヒロイン全員の同時攻略を果たす。そうしてヒロイン全員を救うのだ。
ここにきて先のメタ展開が再び活きる。
今まで我々(プレイヤー)は、選ばれなかったヒロインを見捨ててきた。全キャラ攻略するために周回し、それぞれのヒロインの問題を知ってからでも1人だけを選んできた
意図的にヒロインを見捨ててきた我々に、十全は一つの答えを示した。




◇十全の書く主人公。

これまでに様々な「Kanon問題」を抱えたエロゲがあった、それも十全が書いていれば⋯⋯
あのゲームも、このゲームも、どんなゲームでも、主人公を十全が書いていれば⋯⋯!

今作「ハーレムゲーム」は「Kanon問題」を抱えた全てのエロゲに向けた模範解答である。

「俺が書けば誰も不幸にさせない」と、十全の声が聞こえてくるようだ。

そして十全は次回作以降も「Kanon問題」に対するアプローチを続けるのだが、それについてはここでは割愛する。
後日、それぞれの感想を残す。



◇その他

・ギャグが面白い。
ちょうどこのゲームを手に取りそうな人に刺さるネタばかり。計算づくかと思わせる笑いの応酬。
今一番ギャグが面白いライターだ。
特に香奈をエロゲオタクというキャラ付けにしたことで、不自然にならずにエロゲネタ、あるあるネタを使いやすくなっているのがすごいところだ。

・キャラが可愛い。
いずみの性格が良い。
好きな男が他の女に手を出しているのを嫌がりながら、好きな男に嫌われたくないから強く言い出せない。
そういうモヤモヤを胸に抱えながら、押し切られてエッチしてしまう。
何ともいじらしくて可愛いキャラ付けだ。
エリカは藤邑鈴香さんがCVを担当するキャラで一番好きだ。ピッタリすぎてたまらない。
美菜子のような妹が欲しいと思わせてくれる。
彩佳は他のヒロインに優越しようと体を使うシーンなど可愛さの奥の計算深さが見えてくるようで、あまりに人間的で温度さえ感じそうだ。
香奈は守護(まも)ってあげたいと思わせられる。

これら全てを統合しながら文章のテンポが損なわれないのもすごい。
ストーリーはとてもとても長いのだが、飽きることなくプレイできる。
CGを使いまわしたエッチシーンが多いが、必ず笑わせてくれるし、キャラの可愛さも常に光っているのだ。

歴史的に価値のあるゲームだと断言できる。