痒いところに手が届……かない。
本作は,「ハロー・レディ!」(以下,「本編」)でのifストーリーである美鳥√と菱吾√を描いたFDです。
●美鳥√
○ハロー:自己の完全制御
時系列としては,復讐劇の第一幕(花園武史の殺害)を遂行した後にスクールから処分されそうになっていた美鳥を助けると
いうことで共通√の終了時点からの分岐になりますね。
本作は本編プレイを前提にしていますので,成田のハローや大義の立ち位置など本編の共通√時点では明かされていなかった
秘密が意図的に開示されています。
この√では,本編で「オンスロート症」により処分されてしまった美鳥があの時点で殺されていなかったらどうなっていたが
見所ですが,結論から言うと他のユーザーがおっしゃるように本編に入れておくべきシナリオだったなあという印象です。
というのも,本編でも「オンスロート症」は正に悪魔の籤引きのように「偶然」発症し,未だ治療法が見つかっていない不治
の病です。そして,黒船や時乃を始めとしたスクールは,人類の進化のための「必要悪」と割り切って,発症した生徒を秘密裏
に処分するという現実的なスタンスを取っている。それに対して,スクールに反旗を翻す成田や本編での朔は,切り捨てられた
犠牲を拾い集めて,次世代へと繋ぐという理想論を掲げるわけです。
どちらが正しいかは,結局その人の価値観や立場に左右されるので一概には言えませんが,だからこそ自らの危険を顧みずに
「正しさ」を追求しようととする朔の決断が尊く,そして朔が「筆頭」である所以のはずです。
つまり,本作の美鳥√は,本編での朔√と表裏の関係にあるべきはずのシナリオなんですよね。
だからこそ,本編に入れられなかったのが非常に残念です。
あとは,本作の美鳥√のENDがハッピーでもバッドでもなく,本編での空子√のように成田が復讐を断念してまで(美鳥√
では時乃殺害までしか描写されていないので,それ以降の経緯は不明ですが……),特定のヒロインと共に歩む道を選択す
るという決断にこそユーザーは感慨深さや余韻を感じるのではないでしょうか。
しかし,本編ではすでにオンスロート症の対処手段が朔によって提示されてしまっているので,本編をプレイしたユーザーには
どうしても歯痒さや消化不良感が残ってしまいます。美鳥√のようにシナリオを締めるのであれば,朔の助力を得られない理由
を何かしら説得的に描写して欲しかったです。
ちなみに,時乃が死亡する直前に成田に対して「貴様が5人目か」的な意味深な台詞を言っていましたが,これってどういう意
味だったのだろう?
●菱吾√
時系列としては,美鳥√と同様です。
この√の本筋は朔√とほぼ同様ですが,成田が朔と恋仲にならずに復讐劇を続行したらどうなるかという感じのストーリーです。
結論から言うと,期待外れだったなあという印象です。
というのも,本編プレイを前提にする本作において,ユーザーが期待するのは,菱吾がどのように成田と出逢い,なぜそれほどま
でに忠誠を誓うようになったかという起源の部分だと思うんですよ。確かに,菱吾√では,合間合間に過去回想が挿入されるので
すが,それが特にCGもなく淡々と出逢いはこうだった,この時点で忠誠を誓ったという出来事の羅列をされただけでは,まったく
ユーザーに伝わりません。もう少し,読者の視点を意識した描写や掘り下げが必要でしょう。
また,菱吾√の大部分が成田視点で語られた復讐劇を菱吾視点で再構成することに費やされているのですが,美鳥√とバランスを取
るためか不自然なくらいにコミカルなシーンを挿入しており,その辺りに尺を使いすぎかなと思いました。
あと,最も残念だったのが,黒船や成田の戦闘力が最早人間の枠を超えるくらいに改悪されていたことですね。
本編でも感じていましたが,どうもこのライターさんは戦闘描写が冗長なんですよね。確かに,ラスボスとしての黒船戦にクライマ
ックスとしての盛り上がりを持って来るのは分かるのですが,世界観を壊してまで過剰演出するのは本末転倒でしょう。本編では,
まだ黒船の強さの理由が御門家の暴走に対するストッパー役としての玄間家の技との相性ということで納得できましたが,ここまで
来るとHMIよりも黒船の方がよっぽど「怪物」なんじゃないかと(笑)。
ちなみに,この√でも大義が時乃との会話の中で「第四」とか意味深な台詞を言っていましたが,どういう意味だろう?
●総括
本作は,本編で端折ったシナリオを「部分的」に補完する作品ですので,「本編を満足できた方」以外は物足りなさを感じること請
け合いでしょう。
本編での物足りなさが本作で解消されることを期待したり,間違っても「るい智」のFDである「明日のむこうに視える風」レベルを
期待してはいけません。