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はうべるさんのsense off ~a sacred story in the wind~の長文感想

ユーザー
はうべる
ゲーム
sense off ~a sacred story in the wind~
ブランド
otherwise
得点
95
参照数
1064

一言コメント

五感が喪われた後の物語、もしくは風に捧げられた物語

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

※非常にネタバレですみません(3/14修正).




senseという言葉の意味は,

感覚,意識,観念,認識,分別,そして,意味・・・

sense offをかっこよく訳すと「意味の喪失」「観念の消滅」?
もしくは,「五感すべてが喪われた後の物語」という意味でしょうか.
(メインヒロインの数も,感覚の数と同じくぴったり“5人”です)
また,副題の「sacred story in the wind」ですが,私としてはその意味を
「風の中の聖なる物語」ではなく「風に捧げられた物語」としておきたいです.
この言葉,特に“風”には,ゲームの背景となる設定が込められています.

「理論派シナリオライターが挑むビジュアルノベルへの挑戦」

一言でこのゲームを表すと,こうなるでしょうか(笑
非常に実験的な雰囲気の漂う作品です.また,ストーリーのそこかしこから
シナリオライターの底意地の悪さを感じることができます.漫然と読んだ
だけではその真に意図するテーマがわからないよう,作中ではあえて説明を
間引いているようですので,読み手にはある程度の読解が要求されますね.

シナリオ担当の元長氏はこの作品のテーマを「模倣における逸脱」としています.
実際にプレイしてみると,確かにその通りだなぁと納得できますね・・・
ただし,Kanonをポストモダン的に読解した作品なのかぁ,などと解釈して
しまった場合,痛い目を見ると思います.

■総評
●SF設定
sense offでは,設定の根幹にあたるネタの多くをSFから取っています.
作品内のSF的要素は,SFあまり読まない私には全然元ネタわかりません.
#これは,エマノンシリーズとか読んでないとなにも言えない・・・(涙

はるか過去に地球に訪れた知的生命体.彼らは人類より上位の次元にある
情報生命体(思惟生命)で,宇宙船に乗って恒星間を渡り歩く集団でした.
研究所に集められた少年・少女たちは,その生命体が人類の意識に転生した
存在です.作中で,彼らの使う超能力(認識力学的作用力)は,かつてその
生命体が持ち合わせた能力の残滓であると解説されています.

主人公は,その生命体集団の中でも「演算者」と呼ばれる能力を持つ特殊な
存在で,想像を絶する演算能力により未来や過去を見通すことすら可能
にしていたようです.その絶大な能力は,ゲーム中で如何なく発揮される
ことになります.「機械仕掛けの神」とも言える存在を実際にプログラムで
生成可能かどうかは知りませんが,ともかくこの作品ではそうなってます(笑

SF設定の1つ,認識力学ですが,言い方はともかく見かけはいわゆる超能力です.
ただ,sense offでの超能力は現世界での認識とは異なり,「自らの意思を
現実に反映する能力」と解釈されています.言ってしまえば“意志の力”(笑
Kanonならば「奇跡を起こす力」,Oneでは「永遠を引き寄せる力」に相当します.
#このあたり,なんとなく「ぼくの地球を守って」とイメージかぶります(笑

●主人公の設定
『数学・物理に関して大学レベル以上の知識を持つが,日常の出来事には
 さほど関心を示さず,万事において非常に客観的なものの見方をする.
 他人に対してはわりあいフランクだが,真剣に会話する気は毛頭なく,
 常に皮肉的・冷笑的な態度で接する.数学や物理のネタで相手を煙に
 巻いたり,小憎らしい細かいボケやツッコミをかますのが得意.』

このように,主人公の直弥は,自分を取り巻く世界,さらには自分自身にも
一定の距離を置いているような格別に冷めたキャラクターの持ち主です.
(自分の能力を自覚している故,あえて演じている,と取ることもできます)
主人公の持つ認識力学的作用力は,触媒能力と呼ばれる特殊なものです.
それは他人,特に同じ能力を持つ近しい人間に対し,その人間の周囲の事象に
強く干渉(運命の励起)し,その人生までも変えてしまう能力です.
つまり,万人に対して平等に客観的な感情を向けていながらも,“狙った”
相手に対しては,世界を変えてしまうほどの強烈な影響力を発揮する・・・
まさにこの手のゲームにもってこいのキャラクター設定です(笑

ゲームの性格上当然ですが,主人公は同種の能力を持つ少女達との生活の中,
その中の一人だけに強い興味を持ち,深く付き合うようになっていきます.
それにより対象となる少女に関する事象だけが変化を起こし,全くベクトルの異なる
新たな物語が発生.その後はそれぞれのエンディングに向け進んで行きます.
つまり本作品では,主人公自体が「自律型シナリオ分岐生成装置」です.
そうです,人間としての扱いは受けておりません.

もちろん,従来のこの手のゲームには,選ぶキャラクターによって全く異なる
展開が発生する作品は数多くありました.ですが,それに対する明確な因果関係が
ゲーム中で語られることはまずありませんでした.sense offが持つ特殊性は,
その回答として,わざわざ認識力学という科学設定を用意したという点にあります.

●ストーリー構成とダブルエンディング
sense offのエンディングは少々変わっています.まずBAD ENDとも取れるような
悲しい結末が用意されており,もしエンディングの条件をクリアしている場合,
そのあとにGOOD ENDが流れるようになっています.つまり,最上のエンディング
であっても,必ずその前に否応なく悲しいエピローグを見させられます.

悲しいエピローグでは,主人公の能力により無理矢理運命を捻じ曲げられた
少女達の末路(通例的なビジュアルノベル世界の限界・終焉)が淡々と記されます.
それに対し,最後のエピローグでは,少女達が自らの能力で運命に抗い,愛の力で
勝ち取った未来(通例的ビジュアルノベル世界からの逸脱)が描かれます.
なお,各エンディングでは,主人公達の前世の記憶の断片が少しずつ語られます.
全てのシナリオをクリアしたとき,はじめて完全なストーリーが見えてくる
という仕掛けになっています.

上記のような構成は,このゲームでの主役はあくまでヒロイン達であり,主人公は,
作品中で“触媒”と評されていることからわかるように,「ストーリーをマルチ
分岐に展開するためだけの存在」に過ぎないことを如実に示しています.

さらに穿ってみると,このゲームの舞台となっている認識力学研究所自体も,
マルチエンディング純愛ノベルゲーの“実験場”であると解釈できます.
世間から隔離され純粋培養された素材としての少女達,放り込まれた触媒
としての主人公.そこに発生する化学反応としての恋愛物語・・・
とすると,青砥を始めとする研究者達はソフトハウスのスタッフですね.

このように,sense offでは,ゲームのオープニングから各分岐,エンディングまでを
巧みな論理を用い理路整然と統括・管理しています.このような試みに成功した
ゲームはsense offが初めてではないでしょうか.OneやKanon等がすべての事象を
夢というあいまいな世界に閉じ込めたのに対し,sense offはオリジナルの疑似科学
体系を糊塗することにより,やや強引ながらも見事に物語をまとめ切っています.

しかし,何もかもが客観性に彩られているこのゲームでは,当然ながらストーリーに
占めるドラマ的(主観的)要素がすこぶる希薄です(これも意図したものかもしれ
ません).しかも,各シナリオは非常にあからさまに,当時の代表的なビジュアル
ノベルストーリーの“抜け殻”だけを見事に模倣した構成になっています.

本作品においてストーリーとは,ビジュアルノベルという定理を美しく
読み解くために生成された,使い捨ての方程式でしかないのかもしれません.

●舞台設定とサブシナリオ
sense offにはSF作品としての表設定のほか,いくつかの裏設定が用意されています.
前述した主人公の設定などもその1つです.おそらく,シナリオライターが真に
意図するものが,これらの内に秘められているのでしょう.

主人公たちが暮らす研究所は,Kanon世界で言う「奇跡の力」を科学的に解明するための
研究を行っているとされています.しかしその研究成果は,作中では全く語られて
いません.しかもストーリーの中核にあたる部分では,認識力学という学術体系すら
全く話題に上らなくなります.では,この研究所の存在意義は一体何なのでしょうか?
・・・思うに,この場所は,舞台装置としての効果“だけ”を狙って設定されたものでは
ないでしょうか.つまり,漠然とした“夢”という概念を舞台装置にしているKey作品
に対する,ベタベタなパロディというわけです.

また,地方にある隔離された研究施設というゲームの舞台設定は,前述したように,
そのまま自由度の希薄なゲーム内世界の暗喩になっています.主人公とヒロインは
ゲーム中に設けられたもうひとつのゲーム的な舞台で劇を演じているに過ぎません.
最終的に主人公達が手にする幸せは,その仕組まれた舞台(既存ビジュアルノベル的
コンテクスト)を破壊することによりはじめて獲得されます.が,その結末ですら,
青砥ら“舞台監督”が定めた予定調和の内にある結果の1つに過ぎません.
つまり,通常のエンディングは全て,“舞台上に予め用意された結末の1つ”です.
(陳腐な言い方をするなら,“メタノベルゲーム”の形式を取っているわけです)

ただしサブシナリオであるはずの依子と慧子のエンディングに,主人公が予定外の
行動を起こした結果を見ることができます(依子は本当に単なるオマケでしょうが).
この2つのシナリオで主人公は,青砥により“宛がわれた”ヒロインではなく,
自ら選び出した女性との絆を深めることにより,初めてこの世界に繋がれた軛を断ち
切ることに成功します.特に慧子シナリオでは,ある意味ヒロインシナリオ以上に
重いテーマが扱われ,重要度では最高と言っても良い出来になっています.
#慧子シナリオへの分岐イベントで青砥が見せる「渋~い表情」は印象的でした(笑

改めてエンディングの歌詞を読むと,慧子シナリオの内容にぴったりと合致している
ことがわかります.この歌詞が,sense offでシナリオライターが伝えたかった
真のメッセージの1つが慧子シナリオにあることを雄弁に語ってくれます.

●…で,次に来る物語は?
シナリオは冗長で盛り上がりに欠け,プレイヤーを小ばかにしたような専門ネタや
こなごなにちりばめられた謎かけなど,作品の欠点に挙げられる点は多数あります.
しかりそれらは作者により意図的に仕組まれたダミートラップとも言えるものであり,
それに対し憤りを感じることは,逆説的にこの作品の成功を証明していることになります.

私の不満は,上記したようなテキスト表現の問題ではありません.この作品で
完全に否定された「Key的作品世界」の次に来るであろう作品のモデルが,
作中で一切示されていないことなのです.さらには,あえてKey的作品を
20世紀の遺物と切り捨てたことに対する作者自身のインセンティブが
作中から見えてこない・・・これにも強いもどかしさを感じました.

はなはだ不完全な姿ながらも,本家Keyの手によるKanonの次作品「AIR」では,
Kanonの次に来る作品を提示しようという真摯な試行を見ることができます.
同様のことは,sense offという実験的な作品でこそ,意図的に行われるべき
じゃなかったかと,とても残念に思います.
#そのへんの課題は,次回作のテーマとしてあえて残したのかもしれません(笑


■各シナリオの感想
本作品では“模倣”“抜け殻”という扱いでしかない各メインヒロインのシナリオ
ですが,存外よくできている部分もあります(主に作者の趣味の分野で).不勉強の
ためいまいち意図を読み取れない話もありますが,一応感想を書いてみます.

●成瀬シナリオ
子供の頃に結婚の約束をした幼なじみという,いかにもヒロイン然とした設定の
キャラですが,恋愛ドラマとしては一番味気ないです.

ヒロインとして作られるキャラクターは,ほとんどのゲームにおいて,最大公約数
な魅力を付与された存在です.なぜなら,不特定多数のユーザがプレイした場合に
最も好印象を得るべく,性格づけされているからです.その反面で,強烈な個性や
飛び抜けた長所や短所を持つことができず,そのため熱狂的なファンが付きにくい
という問題も生じてしまいます.

このゲームの中で成瀬が最も希薄な特徴(幼なじみというだけ)しか持たず,
シナリオ的にも,主人公達が無限に転生を繰り返す存在であるという,ごく
基本的なお約束しか担当していない理由は,まさに,上記のようなヒロインキャラ
の持つ悲しい特性を,より誇張して表現せんがためであると思われます.

ただ,さすがに,エンディングはかなり意味深なものになっていますね.
彼女の能力も,未来予知という,このゲームの存在自体を危うくする能力です(笑
転生・・・繰り返し・・・Oneを始めこの手のファンタジーの常套手段です.

不思議なことに,他のシナリオと違い,成瀬の前世の記憶は一切語られません.
さらに,成瀬の能力「未来予知」ですが,主人公の前世である生命体が
有していた能力に非常に近く,主人公自体の現世の能力とも強い類似性を
持っています.ここから導き出せる推論として,主人公と成瀬は,もともと
ひとつの意識体だったのでは,という仮説も立てられると思います.

●美凪シナリオ
関西弁の活発な女の子.ゲーム中で最もヒロインっぽいキャラだと思います.
実は幼なじみで,性格もさっぱりしてて,しかも猫属性まであるとは・・・
ただし,このシナリオの持つテーマはよくわかりませんでした.うーむ・・・
仕掛けはどこにあるんでしょう・・・

本シナリオでは,主に主人公の前世での罪.同族殺しの罪が語られます.
さらに,過去の主人公と美凪が共生関係という,最も近しい間柄だったことも.
はたまた,主人公の能力が「触媒能力」であり,それが同族殺しの結果
身についたということも.・・・・謎解き要素が盛りだくさんです.

美凪の能力は,テレパシー,他人の意識と同調する能力で,前世の彼ら
の種を規定した能力に近いものだと思います.そんな強力な力を持つ彼女だから
こそ,あのエンディングを引き寄せることが出来たのかもしれません.

●珠季シナリオ
恋愛ドラマとして,とてもよくまとまっています.はじめはいがみ合って
いた2人がふとしたきっかけでお互いの本当の気持ちに気づくという,
青春物語の王道を行っていますね.エンディングも純粋なハッピーエンド
ではなく,様々な泣かせるエピソードがふんだんに入っています.
巷で一番評価が高いのもうなずける,やけに良質なシナリオです.

珠季の能力は,サイコキネシスというわかりやすいものです.
ただし,ストーリーに与えるインパクトとしては最も弱い能力で,そのためか
シナリオにも一般的な恋愛ドラマの色が強く出ています.ただ,力を出しすぎると
衰弱するという設定は他のキャラにはありません(椎子の場合はすぐ回復します)
ので,意図的な演出だとしてもちょっとやりすぎのように思いました.

ここで語られているのは,主人公達の種族が,2つの固体を霊的に結びつける
能力「共生能力」を持つという事実です.最後に共生を果たしたこの2人は,
人間の身では決して得られない究極の幸福を手にしたのでしょう.

●椎子シナリオ
C子(笑)のCは“思惟”から取ったんですかね.そう思わせるほど,数学ネタを
強く前面に出した異色のシナリオになっています.主人公の前世にも数学者という
新たな過去が加えられています.シナリオライターの趣味の世界を最も色濃く
反映しているのがこのシナリオであることは,ほぼ間違いないでしょう(笑
好きなことを書いているだけあって,ドラマ描写もたっぷりと盛り込まれ,
非常に深く感動的なストーリーに仕上がっています.歴史小説風のテキストも
あったりしてサービス満点! とても読み応えがありました.

このシナリオでは,人が他人を真に理解すること,数学(理性)によって人間関係
(コミュニケーション)を解明することは可能なのか,という命題をテーマにして
います.主人公の前世であるベルトホルトは,数学的知識を用いて人と人とがロス
なく理解し合うことのできる,情報理論の体系を編み出します.が,結局,椎子と
深く結びつく最終的な手段として用いられたのは,情報理論によって解明された
はずの人間の絆ではなく,思惟生命体としての先天的能力でした.
つまり,本シナリオでは,コミュニケーションに関する上記の命題は完全に否定
されて終わるのです.

本シナリオのテーマは,そのまま本作品全体を覆う重要なテーマに関わっています.
おそらくベルトホルトの情報理論は認識力学の基礎理論となっており,研究所も
彼の遺志を継ぐためのものなのでしょう.しかし,長い年月を費やしてもなお,
人と人のコミュニケーションが生み出す不可思議な力を解明するには至っていません.

このストーリーでは,数学という理論は現実世界では本質的に無力な存在であると
語っているのでしょうか? それでは,彼らが高次元で行使する,絶大な“演算能力”
とは何なのでしょう? この2つの差が,ハードウェアとソフトウェアの決定的な
違いなのでしょうか? ・・・このようなことを考えてみると,日常パートで
主人公が嫌みなほどに濫発する数学用語や数学ネタにも,何やら伏線めいたものを
感じずにはいられません.

●透子シナリオ
おそらく,この作品の根っこに最も近いテーマが語られているシナリオです.
透子の能力は“世界の読み替え”.彼らの前世である思惟生命体が持っていた
能力(演算能力による外界への干渉)の最も根源的かつ純粋なものが,
この世界を変更する力です.また,主人公の能力が特定の1人に限定されるのに
対し,透子のそれは世界全体に干渉する強力なものです.

ここでは,主人公達の過去が非常に詳細に語られます.彼らは元々,外宇宙の
生命体が設計した惑星探査宇宙船に搭載された演算装置であり,長い長い
航海の末,思惟生命の集合体にまで進化した存在でした.透子は思惟生命から
人間への最初の転生の際に,共生関係にあった存在(伴侶)を失い,その
ショックからすべての能力と記憶を維持したまま転生を繰り返す存在になります.
おそらく,ヒロイン中で最もヘヴィな宿命を背負った少女でしょう.

主人公との邂逅後に変化する事象も,他のシナリオとは異なります.
最終的な結末は,透子が主人公との出会いを“自発的に”幸福だと感じたことに
よる自己の存在の完結.透子が規定する(=規定される)世界の消滅でした.しかし,
主人公の能力により,透子は再び発生します(この部分の解釈はむずかしいです).
このあたり,自発的にハッピーエンドを引き寄せた他ヒロインとは大きく異なります.
ただ,復活した透子は主人公の創り出した世界の存在ですので,実際には以前の
透子とは別の存在ですね.それでハッピーエンドと言えるかどうかは微妙です.

作中で透子が指摘しているように,世界に対し客観的な存在という点で,
主人公と透子は非常によく似ています.主人公がシナリオ生成マッスゥィィーン
という宿命(笑)を持つ,つまりは世界を思い通りに変更する能力を持つことを,
ここでさらりと指摘しているわけで,この意味でも透子シナリオは謎解き
シナリオとして重要な位置を占めているようです.
#つまり,透子をヒロインにした恋愛ビジュアルノベルも“あり”なわけですが,
#それだとちょっとゲームにならないですね.恋をした瞬間世界は変わると
#よく言いますが,透子の場合文字通り一瞬で世界を読み替えちゃいますから(笑

ところで,透子はなぜ五感に対する意識をすべて喪失しているんでしょうか?
この点に関してはシナリオライターのイマジネーションに追いつくことが出来ず,
明確に言い表すことができないのが残念ですが,人間の感情が外界からもたらされる
不測の刺激に対する反応として発生すると規定した場合,ある意味世界と等価の
存在である透子には,感情の発生するきっかけすら失われてしまっている,という
ことなのでしょうか.もしくはもっと単純に,透子が持つロケットの力によって
五感が制御されているという裏設定があるのかもしれません.透子が五感を通して
何かを感じることは,そのまま世界に対するフィードバックに値するのですから,
世界を維持するためには透子の意識をすべて閉ざす必要があったはずです.

またこのシナリオは,ONEやKanonやAIRによく似たストーリー展開になっています.
記憶を伴なって無限に転生を繰り返す生命という設定はAIRのあれにそっくりですし,
透子が消滅したあとの展開はONEを彷彿とさせます.先に書いたように,
このゲームには従来の夢オチ(失礼,輪廻系)ビジュアルノベルに対するアンチテーゼ
という明白な意図があちこちに見られます.もし,それが本来の制作者の意図なら,
このシナリオ(バッドエンド)でその目的の一部は果たされたのではないでしょうか.

●依子シナリオ
決してヒロインになれないサブキャラの悲哀を描いたシナリオです.

ここでは,サブキャラとヒロインという超えられない境界線が,普通の人間である
依子と思惟生命体であるヒロイン達との対比として描かれています.製作者側の
人間がこのシナリオで意図しているのも,それをプレイヤーにそれとなく提示する
ことだと思われます.何にしても,ゲームの舞台裏をこっそり覗いているような
ちょっとうしろめたい楽しさが,このシナリオにはありますね.

シナリオ作者によると,依子シナリオは「ルサンチマンを巡る物語」だそうです.
ニーチェによると現代ヒューマニズムは,ルサンチマンを抱えた弱者が作り上げた
「奴隷道徳」なのだそうです.このシナリオでも人間という存在の限界が・・・
・・・いやまぁ何にせよ,依子さんのルサンチマンは強力無比でした(笑

●慧子シナリオ
肉体を喪失した人間の精神は,いったいどこへ向かうのか・・・
このシナリオは,もうひとつのsense offとも言うべき物語です.
メインの5人のヒロインを捨てた後(五感を喪った後)に,物語は始まります.

慧子は5人のヒロインたちと違って,思惟生命体の転生後の存在ではありません.
そのためサブキャラクター的な扱いを受けています.ですが,このシナリオの
メッセージは非常に高度で真摯なものです.人は楔である肉体の感覚を捨て,
思考のみの階梯へと進化することが出来るのか・・・・

主人公達思惟生命は,種を維持するために肉を持った存在に“退化”して
しまいましたが,慧子は,皮肉にも肉体と五感を失うことにより,新たな次元へと
人類を導くことになります.依子が望んでやまなかった“翼”を手にして・・・


■総括
この作品のシナリオが全て物語内の人物(青砥)によって準備された虚構であるなら,
それがどんなに緻密に構成されたストーリーだとしても,文字通りに受け取って
しまったのではsense offを「読んだ」ことにはなりません.
想定される“正しい”読み方は以下の2通りだと思います.

・Key的物語世界を徹底的にSFパロディとして書き替えたビジュアルノベル
・既存のノベルゲームの文法がバラバラにされていくさまを眺めるメタノベル

前者は構造主義的な,後者はポストモダン的なアプローチの読解でしょうか.
(これまでの感想は両者がごっちゃになってますが,気にしない)
どちらもガードをしっかり固めて客観的に読み進める必要があり,けして楽しい
ものではありません(特に後者).かといって「面倒だから俺はストレートに
ストーリーを楽しむぜっ!」と素直に入り込んでしまうと,最後には必ず作者が
仕掛けた陥穽に嵌ってしまいます.

ただ,唯一慧子シナリオだけには,各シナリオに必ずあるはずの仕掛けを
見つけることができません.恐ろしく直球のシナリオです.推測するに,このシナリオ
だけは,作者自身の意志によりあえてsense offという作品の軛を逸脱させた
のではないでしょうか.つまり,“既存の作品の模倣の逸脱というテーマの
作品を逸脱する”ことがこのシナリオの,ひいてはこの作品の最終目標(オチ)
と言えるのかもしれません.

ならば,クラインの壷を抜けた先にあるまっすぐで純粋なラブストーリーとして,
慧子シナリオだけは,我々も肩の力を抜いて楽しむべきなのでしょう.


■個人的ベストテン(7つしかないけど・・・
●キャラクター部門
美凪,椎子,珠季,慧子,成瀬,透子,依子

●シナリオ/設定部門
透子,慧子,椎子,美凪,珠季,成瀬,依子

●シナリオ/ドラマ部門
慧子,美凪,椎子,珠季,成瀬,透子,依子

キャラクターの萌え度とシナリオの奥深さが必ずしも一致しないのがsense offの
特徴ですね.ただし,恋愛ドラマとしてシナリオを読んだ場合は,キャラクター
の順位に近くなるようです(当たり前か).