財閥の次期当主の執事が主人公の物語です。かなり綿密に設定が組まれており、どっぷりと世界観に浸ることができました。構成も素晴らしく、ラストまで濃厚な時間を楽しめます。特に七波ルートの出来が尋常じゃなかった。たった1人で財閥と戦い、頭脳戦を繰り広げる主人公の姿に感動すら覚えました
この作品の主人公は超絶ハイスペックでありながらもそれを鼻にかけることなく、自己犠牲の精神で献身的にお嬢様に尽くす、まさに理想的な執事と言えました。
そしてこの作品の特徴として、経済に関する話が度々登場します。
主人公と透華がニュース番組で見た国の借金について語り合うシーンが非常に面白かったです。
割と序盤で訪れるシーンであり、かなりのインパクトを感じました。
以下に概要を記します。
-----------------------------------------------
日本の借金がいくら多かろうが問題ない。むしろ良いのだ。
毎年日本は40兆円もの国債を発行している。
これは国が毎年40兆円もの借金をしていると考えて貰ってさしつかえない。
しかしこれは純債務ではなく、粗債務であるのだ。
民間と国家では借金という概念がまるで違う。これにより一般人が誤解を招き、莫大な国の借金に不安を感じているのだ。
国家と企業の借金では決定的な違いがある。
それは印刷機を持っているかどうかである。
年間40兆円の国債の内売れ残った物は全て日本銀行が買い取っている。
そしてその買取は、新たに紙幣を刷って行っているのである。
つまり、国債を作れば作る程日本の国家予算は増えるということだ。
これによりいくら日本の借金が増えようとも国が財政破綻することはないと言える。
過去に財政破綻した国のほぼ全てが、外国から借金をしたのが原因である。それは純債務が原因であり、日本の借金はほぼ粗債務なのでその例外であるのだ。
日本が財政破綻する可能性として挙げられるのは日本国債の暴落である。しかし、それもほぼ有り得ないことである。
国債も金融商品なので売買の対象になる。
なので1万円で売り出された国債が市場で1万千円になったり、9千円になったりと価格が変動する。
しかし日本国債の利率はわずか0.8%で全世界の中で最低の利率である。
これは10万円の国債を買ったとしても、年間で800円の利益しか出ない数字である。
しかも国債を購入すると手数料や税金を取られてしまい、そのわずかな利益すら減額してしまう。
なのでほとんどの投資家は手を出さないのだ。
国債の利率が低いのは国が信頼されている証なのであり、そのかわりに国債価格の変動が起こらず財政破綻が起きにくい。
国債価格の急激な下落による財政破綻の可能性でいえば、日本国は世界で一番起きにくいと言える。
国の借金はむしろする程国家が潤うし、世界一の水準で国債価格の変動も起きていない日本の財政破綻を危惧する必要性は皆無なのである。
-----------------------------------------------
これが物語の序盤で訪れるのが凄いですね。
エロゲーにおいて物語の序盤にはその作品の方向性を決定付ける重要なシーンが含まれると私は考えています。
純愛系ならば純愛の方向に持っていくためのシーンを多数用意するでしょうし、
ヤンデレ系ならばヒロインがヤンデレ化するキーになるシーンを持ってくるでしょう。
本作品も例外に漏れず、ユーザーの多くがここでこの作品の方向性を読み取ることができたのではないかと思います。
また、このシーンは体験版にも含まれていたので、制作者側も意図して序盤に組み込んだのではないでしょうか。
この作品をプレイしていて感じたのが、シナリオの魅せ方が非常に上手い。
要は七枷財閥が破綻寸前でヤバイというお話なのだが、そこに辿りつくまでの過程が良かった。
10億の裏金を手に入れたり分家の会談を盗聴することによって段階的に真相に近付いているものの、謎もまた増えていく流れがことの重大さを表しているようで面白かった。
最後に主人公が真相を知った時は、ピースの欠片達がカチッとハマった感覚にとらわれました。
今となっては登場人物の過去のさりげない一言も重要な意味を表していたんだなと思い返すことができます。
そして気が付いたら物語はクライマックスへ。
ここでようやくHシーンが無かった事に気づかされる程の怒涛の展開でした。
ですがスクリーンに映し出されたのは第一部完の文字。なんというシナリオの密度なのでしょうか。
これでまだ一部!?と驚きを隠せませんでした。
ふと、藤太さんの作品であるAYAKASHIもシリオが長いものの、勢いを失うことなく最後まで流れるようにプレイできたことを思い出しました。
まだまだこの作品を楽しめると思うと、心が躍りました。
第二部も敵である鶴美との戦いは熾烈を極め、手に汗握る緊張の連続でした。
大きな環境の変化により、七美お嬢様と主人公が次第に近付いて行く過程も見ていて微笑ましかったです。
最後に鶴美との決闘には勝ちましたが、鶴美の想いが報われることは一切なく舞台から退場させられます。
鶴美が行った数々の悪行を考えると同情できませんが、彼女の目的のためなら何を捨ててもいいという意志を貫き通した生き様は目に焼き付けられました。
富める者は庶民の味方でなくてはならないという大義名分の下、家族としての幸せを放棄し謀略と苦しみの連鎖を生み出してしまった七枷財閥。
翁はそれに気づくのに人生の大半を費やしてしまい、鶴美は愛ゆえにかつて自分が受けた仕打ちを息子に繰り返してしまう。なんという悲劇でしょうか。
七波ルートでは鶴美との戦いの末平穏を取り戻し、花ルートでは鶴美の過去を知り和解をします。
プレイヤーには鶴美を最後まで許せなかった人もいるでしょうし、翁に説得された主人公のように全部を許した訳ではないが和解を受け入れた人もいるでしょう。
この作品には七枷財閥でのドラマを通して、人の業について深く考えさせられました。
そして本作品において、一風変わった立ち位置であるのが音羽と透夏ルートです。
なにせこのルート、緊張感が皆無なのです・・!
名家の娘と貧乏家庭の娘がタッグを組み、地下アイドルから一気に駆け上がっていくというサクセスストーリー。
正直、もはやジャンルすら違うくらいの浮きっぷりを見せるルートなのですが、それはそれでいいような気すらしてきます(?)
あまりにも本編が濃厚すぎて、プレイヤーであるこちら側まで神経を擦り減らす中、安心してプレイできる平和なルートがあるのは良い休憩になるのではないでしょうか。
明らかに他のルートと色を変えてきているので、多分制作者側の意図としてそんなことを考えていたんじゃないかなぁ・・と勝手に思ってます。
本作品のプレイ後の燃え尽きた感は、良作を消化した後に感じられる心の余韻ですね。
お嬢様系かと思いきや経済の話が大半を占めるなど、一風変わった物語だとは思いましたが、圧倒的な濃度の世界観にどっぷり浸かることができ非常に楽しめました。
企画・シナリオライターを牽引した藤太さんと、傑作を世に送り出してくれたensembleには感謝の意を送りたいと思います。
やっぱり藤太さんのシナリオは鉄板だなー。