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くるくすさんのFairChildの長文感想

ユーザー
くるくす
ゲーム
FairChild
ブランド
ALcot
得点
70
参照数
345

一言コメント

ヘタレが多い。抽出されたヘタレエキスを「未熟で繊細」と好意的に受け取れるなら、楽しめるだろう。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

(シナリオ素点の内訳は次の通りです。恋鳥編:70(点 / 満点100、以下同様)、とばり編:70、こころ編:55、朔夜編:65 、悠姫編:75)


 「Clover Heart's」(ALcot、2003)に比べると堅実な感じがします。ギャングだの魔法だのといったド派手な設定は一切登場しません。インパクトではクロハに負けていますが、作りの丁寧さでは本作の方が恐らく上でしょう。
 分類するなら成長物語、未熟な登場人物たちによるヘタレな行動が目立つ作品です。荒っぽい言い方をするなら、彼らが何らかの失策・ヘマをやらかすことにより、物語が進んでいきます。……と書くと子供っぽい物語のように聞こえます。そう、子供っぽい話なんです。
 その代わり未熟者らしい繊細さを感じ取れる物語でもあります。恋鳥を例にとるなら、相手にベッタリと寄りかかろうとする様子はまさに依存癖ですし、相手のことを考えない無神経さは自己愛・自己中心的な態度と解釈されるべきでしょう。彼女は一見子供っぽいようで、観方を変えれば繊細とも取れます。亡父を熱心に慕ったり、その愛情を主人公に転換してしまったりするのは、感情の起伏に乏しい人間には不可能なことですから。彼らの線の細さ、危うさを、プレイヤーは楽しめるのではないかと思います。
 とはいえヘタレの度合いが過ぎるのも考えもので、例えばこころ編の主人公は情けないの一言に尽きます。人工呼吸で悠姫が騒ぎ立てるシーンも、ヘタレではありませんがかなりミットモナイ。彼らのヘタレな言動に、どれほど同情・共感できるのかを、読者に問う作品といえます。子供じみたナイーブさが許せないというプレイヤーには、本作をお勧めしかねます。
 この夏に一皮むけていく彼らを、丁寧に描けていたのが好印象でした。



[主人公のトラウマについて]
 主人公は繊細で気難しくて、標準的なプレイヤーには受け入れ難い人物でしょう。彼を見ていると「何でそこまで悩むの?」と不思議に思えてきます。普通の読者であれば、恐らく彼よりも親友・大吾の見解に共感できるはずです。大吾はこう言っています:

大吾「っていうかさ、おまえ難しく考えすぎ。もっと単純に考えろよ」
(中略)
一樹「でも、正直怖いよ。好きって言ってしまったら、今までみたいにふざけ合えなくなっちまうかもしれない……」
一樹「それにもし、あいつと別れなきゃいけないことになったら、きっと耐えられなくなる……これ以上好きになってしまったら後戻りができなくなる……」
大吾「まぁ、事情はわからなくはないが、おまえ結構身勝手だなあ」
一樹「はは……それも、わかってるんだけどさ……」
大吾「確かにいつか別れはくるし、悲しいし辛いことだよ」
大吾「ずっと一人で、誰も好きにならないでいれば別れも辛くなくなるけど、逆を言えばずっと自分を誰にもわかってもらえないってことだよな」
大吾「そういう生き方、ちっと悲しいし、辛いとオレは思うね」

主人公の屈折っぷりは、それはそれは見事なもので、ウンザリしたプレイヤーもきっと多かったことでしょう。彼のトラウマについて本項で簡単に振り返っておきます。
 彼は古傷が再びえぐられることを極度に恐れます。両親や圭祐に先立たれ、彼は親戚からもひどい仕打ちを受け続けてきました。もし誰かと良好な関係を結べたとしても、もし破綻してしまったなら、昔と同じような苦い想いをまた味わうことになります。あんな想いはもうゴメンだと怖がって、彼は他者と親密な関係を築けないでいます。
 十代までに親を3人も亡くしている彼にとって、別れの中でもとりわけ死は身近なものですから、彼は死別を(常人に比べ)極端に恐れています。身内の夭折を何度も経験する状況は非日常的で、彼に共感するのは中々難しいことです。ぶしつけな例えで恐縮ですが、ペットを飼うのを恐れる気持ちに少し似ているのかもしれません。犬猫の寿命は長くても10年程度です。飼い犬を一度亡くした経験があると、再び犬を飼おうとしても躊躇ってしまうことがあります。また10年もしたら死別が待っていると、分かっているからです。
 彼は合理化によって自己防御を図っています。人の絆とは本来は、運命や当人の言動によって良い方向にも悪い方向にも如何様にも変化していくもので、必ず破局にいたると決まっているわけではありません。それを認められないから、認めるのが怖いから、彼は諦観してしまいます。つまり、「人との絆は当人の思うままには決してならない、ならば誰かと深くかかわるべきではない、関わらなくてもよい」と、彼は自身の臆病さを勝手に正当化しています。大吾の言葉を借りるなら「おまえ結構身勝手だなあ」。(死別だけはどうしようもありません。程度の差こそあれ皆が臆病なはずです。彼は「よく知っているがゆえに」臆病すぎるんです。)
 彼は厄介なジレンマに立たされています。本当は彼だって誰かと親しくなりたいのです。彼は人間を厭い蔑んでいるのではなくて、希望を失って諦めてしまっています。ですから彼は、孤独にもなれませんし、特定の誰かと親密にもなれません。せいぜい仲良しのお友達止まり。本作をプレイしているとバッドエンドの多さ・踏みやすさに驚いてしまいますが、彼の境遇を慮れば当然のことです。特定のヒロインとイイ感じになっているところで急にヘタレてバッドエンド……パソコンの前で地団駄を踏んだ読者もさぞ多いのでしょうが、何も本作はプレイヤーをリロード作業で虐めるドSゲーというわけではありません。親睦と孤独を天秤の両側にかけて揺れ動く彼の様子が、よく表れているといえます。
 彼のムラっ気をどこまで迫真的に描けるのか、が本作の課題でしょう。「親睦」側に傾いていた天秤が突如「孤独」側にカクンと振れ戻る様子が、一部シーンでは説得力に欠けていて、彼が理不尽に/不自然にヘタレているように映ります。具体的にはこころ編第一部や、悠姫編第一部バッドエンド。確かに彼は浮き沈みの激しい男ですが、同時に年頃の男子学園生だということも、忘れるべきではありません。
 本作は彼の揺れ動く様子を描いた、ひと夏の成長物語です。(消極的な彼が何故、ああも美少女達に言い寄られるのでしょうか。懐いてはならない疑問なのでしょう。)



※以下はネタバレ度70%(当社比)








[恋鳥編]
 病んでいるヒロイン・その1。終盤で話が少しズレているように思えました。
 恋鳥はとても依存癖の強い娘として描かれていました。付き合い始めてからは四六時中主人公に甘えてきます。オープニングムービーのモノローグ「私は、あなたさえ居れば、何もいらない」が、特に恋鳥の場合は非常に重く響いて 、観ていて心配になってきます。亡父のエピソードを交えながら、キャラ立てがシッカリなされていたおかげで、彼女の粘っこい視線はプレイ後も印象に残りました。
 そんなに重たく圧し掛かられたなら、当然受ける側も困惑します。男は甲斐性といいますけど、やはり限界があります。彼女と接しながら温度差を感じるようになる主人公の心理描写が、歳相応に中々リアルでした。案の定、ふたりの関係は破綻してしまいます。破綻の原因は恋鳥にあるといってもよいでしょう。
 最終的にふたりはヨリを戻します。「仲直りしようにも、相手をまた傷つけたくないから、そして傷つけてしまった相手から拒絶されたくないから」ふたりは中々関係を修復できずにいたようです。なるほど、彼らの意気地のなさは分からなくもありません。いかにも「FairChild」らしい子供っぽさと繊細さを感じ取れます。ここまでは自然な展開で、特に問題はありません。
 ですが彼女の依存癖はどれほど改善したのでしょうか? 破綻騒動の引き金となった依存癖が改善しない限り、本編で提示された問題が解決したとは言えません。放置しておいたら将来また、別れる別れないの騒動に発展しそうな気がします。恐らくは父親の不在が彼女の依存癖を引き起こしているのですから、父の死を過去のものとして置き去りにして前に進めた時に、彼女は立ち直れるのでしょう。文化祭のステージにおける彼女の発言を見るかぎりでは、亡父を慕う気持ちを「思い出」として整理できた……とも取れますけども、その心境に至るまでの彼女の内的変遷を見物したかったなと思います。つまり、終盤は焦点が少しズレているようです。
 ついでにもう一点。本編全体が、破綻騒動の原因をやたら主人公に求めようとしているようで、疑問に思えます。主人公は一方的に自分が悪かったと考えていますし、とばりも彼を責めていました。あまり実情を知らない外野のくせに、です。(クロハの玲亜編の莉織を思い出しました。)ぶっちゃけ恋鳥編って、主人公より恋鳥の方がダメダメですよね。



[とばり編]
 幼馴染3名による三角関係を丁寧に描いた(だけ)のシナリオ。3者の関係が移ろう中で、居心地の良かった古き良き時代への憧れと、そこから中々決別できない臆病さとが、よく伝わってきます。オチは丸く可愛らしく収まってしまいましたが、良編といえます。
 従前の友人関係を肯定的に描いているところに、好感を持てます。単に過去と決別するだけの肉食系シナリオなら、それほど印象には残らなかったのでしょう。しかし本作ではとばりと恋鳥の絆が強固かつ貴重なものとされ、終劇に至ります。最終日の修羅場のシーンで、とばりと恋鳥の関係の深さを推し量ることができます。ふたりはこんな遣り取りを交わしています:

とばり「ね、ひどい話でしょう? 私はあなたを利用していただけなんですよ……」
恋鳥「……うん、そうだね。それがほんとなら、ひどいと思う。とばりって最低だよね」
恋鳥「でも、わたしはそれでもよかったよ?」
とばり「え……?」
恋鳥「とばりと一緒にいて楽しかったのは本当だから。とばりがわたしに向けてくれていた、あの笑顔は本物だとおもうから」
恋鳥「だから、とばりがどう思おうが関係ない。わたしの中にいるとばりは、今もずっと親友のままだから」
(中略)
とばり「……それではまた明日。いつものあの坂道でお会いしましょう」
とばり「今までと同じく、そしてこれからもずっと。あなたの笑顔を待ち続けますから……」
恋鳥「あ……」
恋鳥「ずるい……それ、ずるいよ……我慢してたのに……」

 恋鳥は別に卑屈になっているわけではありません。とばりがムリして性急で自罰的な態度をとっていることを、恋鳥は見抜いていたからこそ本心で「あの笑顔は本物だとおもうから」と言い切ることができました。とばりが恋鳥に抱いていたのはまさに愛憎ですが、「憎」だけじゃなくて「愛」も確かにあったのだ、と。正しく推察できるだけの長くて深い付き合いが、恋鳥ととばりにはありました。
 引用箇所後半は見ての通りですね。「ずるい……それ、ずるいよ……我慢してたのに……」は恋鳥の心理をよく捉えられたセリフです。本当はとばりと仲睦まじく過ごしていきたいところですが、昔のようには最早いられません。ならば今日、心を鬼にしてとばりや自分自身と向き合わなければなりません。今日は、いつものような甘々な態度は許されない……このワンフレーズに込められた彼女の想いは実に複雑です:親友としてのプライド、女性としてのプライド、そしてもちろんベースにあるのはふたりの絆。親友として善い子ぶりたいのに叶わなかった(先を越されてしまった)悔しさ、恋愛の勝利者たるとばりに余裕を許してしまった悔しさ、そして互いに思い遣る気持ちを感じ取ることができます。とばりと恋鳥の親交の程を窺えるシーンでした。
 とばりの絶交宣言に関しても、本編は見解を出せていました。一樹も恋鳥も両方とも大切だから、とばりは恋鳥を遠ざけようとしました。恋鳥は抗議します:

とばり「一樹との時間と恋鳥との時間――私にとっては、その両方が大事だったのですからっ!」
恋鳥「そんなのわがままだよっ! お兄ちゃんもわたしも両方手に入れようだなんて、そんなの無理に決まってるでしょっ!」
とばり「わかってますわよっ。すべて私のわがままですよっ!」
とばり「ですが、わがままの何がいけないのですかっ!? 一度きりの人生ですよ? 自分が一番気持ちよくなれなくてどうするのですかっ!!」
恋鳥「あ、今言ったね。本音言ったよね? 自分が一番だって言ったよねっ!?」

傷つく恋鳥を見たくなかったと語るとばり。一見すると美しい友情愛の表出ですが、しかし結局彼女は「自分が一番」つまり独善に走っていたのです。選択の余地を与えられなかった恋鳥が「そうだよ。同じ気持ちを抱いているなら、正面からぶつかってお互いに全力を出し切って、それで諦めることもできた / なのに……それなのにずるいよっ!」と憤るのも当然です。相手を思い遣るあまりに臆病になって、拙い対応を取ってしまう様子が描写されていて、実に本作らしいといえます。
 友人関係をしっかりと取り扱えたからこそ、それが破壊・再生される様子を価値づけることができました。ありきたりなテーマとはいえ興味深くプレイさせていただきました。



[こころ編]
 第一部の主人公は情けない……恋鳥、とばり編をクリアした後にこころ編をプレイしたのですが、両編とも主人公がそこそこイケメン風に描かれていましたので、こころ編の彼にはビックリしました。
 第二部の彼にはある程度同情できるのですが、彼の言動の拙さが目立つだけに終わってしまって、あまり読後感は良くありません。相手から決定権を一方的に奪おうとする主人公には、とばり編のとばりと似ているところがあります。とばり編ではツッコミ役の恋鳥が当事者として頑張っていましたし、エゴと思い遣りの入り混じったとばりの行動自体にも不器用ながらも重みがあって、観ごたえのあるお話になっていたように思うのですよ。そんなとばり編に比べるとこころ編は今ひとつです。主人公がひとりで空回りして、こころを泣かせて、とある偶然から問題が解決してしまうという筋書きで、どうも薄味な話になっています。主人公に近いスタンスでゲームを進めるプレイヤー様だと「俺、なんでこの娘を何回も泣かせなアカンのやろ……」とボヤかれるかもしれませんね。



[朔夜編]
 病んでいるヒロイン・その2。恋鳥とは正反対で、「他者と関わりたくない、依存したくない」と考えている娘です。彼女の変化が見所になってくるのですが、あまりうまく描けていないようです。
 寡黙なヒロインは他のエロゲでも多々お見かけしますが、朔夜はかなり異常な匂いがします。病的といっても良いくらい。一例として以下のシーンを挙げておきます:

先輩はそもそも――『友達』を必要としてはいなかったのか。
(中略)
一樹「俺は……俺と先輩は、友達だと思ってました」
朔夜「…………」
辛うじて、絞り出すような声で言った。加賀見先輩は、きょとんと俺の顔を見上げている。その意外そうな表情が、悲しかった。
朔夜「……そう。だったら、友達になる?」

 ななるもこころも、朔夜を孤独から救い出したかったようですが、うまくいきませんでした。当然といえば当然でしょう。性癖は本来、継続するもので、変化させるには大きな外力が必要になってきます。第二部の終盤で朔夜がまた孤独に還ろうとしていたのは、プレイヤーからすればヘタレ的な行動なのでしょうが、彼女の経歴を考えるならむしろ自然といえます。人間の性根なんて、そうそう容易くは変わりません。彼女ほど病的なら尚更です。
 では、病的な彼女が主人公に(だけ)心を開いたのは何故でしょうか、よく分かりません。無口で人付き合いの苦手な娘が、同じく人と深くかかわるのが苦手な主人公と結ばれる……といったレベルの話なら、まだ納得がいくのです。しかし彼女の対人行動は、ハッキリ言って常人の域を超えています。ななるにもあまり心を開いてくれなかった朔夜が、主人公と恋仲になるには、それなりの段階・手間がかかるはずなのに、本編では極々ギャルゲ的に親交が深まっていって、主人公とヒロインが普通に打ち解けられています。つまり、ふたりの距離が縮まっていく様子に真実味を感じません。「朔夜と主人公は似た者同士だったから」という理由だけでは、納得できません。
 第二部はスッキリ爽やか。彼女の寂しさを埋められるのは、おそらくパートナーたる主人公だけです。第一部の不自然さに比べれば、第二部の方がずっと読者に受け入れられやすいでしょう。寂しいから誰かに寄り添って、そこに居場所を見出すこと。愛情の原始形だと思います。どこか人間味に乏しくて邪念の少ない様子でいる彼女をヒロインに据えたからこそ、描けたテーマなんじゃないかなと。文化祭云々は何だか話がうまく行き過ぎているような気もするのですが、多分気のせいです。
 読んでいて気になったことを他にもいくつか列挙しておきます:

◆トロイメライ改築計画について。これは元々地域住民との交流も視野に入れて設置された店舗で、しかも営業を始めてからそれなりに年月が経っているはずです。席数が不足していて生徒を充分に賄えないという理由から、改装の話が今更浮上するのは不自然です。周辺地域の人口が急増したのでしょうか? 或いは交通網の変化? お客さんが増える理由はいろいろ考えられますけど、作中で特に記載がありません。

◆生徒会のお手伝いが終わったのにもかかわらず、何故主人公は生徒会室に連日足を運べるのでしょうか? (いや、足を運んでいるのはプレイヤーなのですが、こうしないとクリアできないんです……)確かに朔夜は、「お手伝い」が終わった後も主人公に来てほしそうにしていましたし、主人公もそれに応えたいと思っていました。ただ、そういう個人的な理由で部外者が生徒会室に入り浸れないでしょう。副会長にツッコまれても仕方ないような。

◆主人公が棚の上にあったダンボールを下ろして中身を確認していましたが、そんなことを朔夜や蓮に無断でしてもいいのでしょうか?

◆心の内でとはいえ自分で「それが、今の俺の生き方を決めたトラウマだった」などと言ってしまう主人公は格好悪いと思います。あと、説明的過ぎて主人公ではなくライターさんの言葉になってしまっています。



[悠姫編]
 父娘の確執と絆を扱ったストーリー。第二部が見所になってきます。

 まずは悠姫と彼女の父との確執について。「支配する父親‐支配される娘」の構図が半分ほどしか伝わってきませんでした。
 彼女の話を聞く限りでは、どうやら彼女の父(以下、単に「父」と表記)はかなり偏狭な人物のようです。厳しい門限、習い事漬け、携帯電話の没収等はまだ理解できるとしても、自宅に彼女を軟禁するというのは時代錯誤も甚だしいといえます。本編で描かれるわずか3か月程度の出来事からも、「娘から見た」支配的・強権的な父親像を窺い知ることができます。
 とはいえ愛の鞭という言葉もあります。彼女は「私は有栖川家のお飾りなわけ? 有栖川のお嬢さんは優秀でいらっしゃるって、パーティーで言われるためのお飾り? 冗談じゃないわよ!!」とキレていましたけど、裏を返せば父はそれだけ教育熱心であると換言することもできます。名家の跡取りとして生まれた悠姫のため、と。プレイヤーは彼女の言い分に共感できるとはいえ、鵜呑みにするべきではありません。
 読者の興味は父に移ります:何故父はあれほどまでに強権的なのでしょうか? 実は本編を見る限りでは具体的には分からないのです。父と主人公とは距離があります(本編は終始主人公の視点で進行します)から、父の様子はあまり描写されていません。最後まで父の名前すら明かされないのです。名門の血筋だから?  保守的な考えに凝り固まった偏狭な人物だから?  一度言い出したことを娘に負けて曲げるような事をしたくないから?  愛情を表現するのが極端に苦手だから? どうも身勝手なだけのように「見えます」。最終日に水瀬から父の様子が昔話で語られて、かろうじて同情できるような境遇に在ると判明するだけで、具体的なことは最後まで不明なままです。
 となると、(真相のほどはさておき)悠姫の方が正しくて、父がウザいだけのように「見えて」しまいます。父は悠姫を愛し、悠姫のために厳しく躾けていたようですが、愛していれば全てが許されるわけではありません。遺言状で「悠姫、おまえはもう自由だ。あの少年とならおまえは何処までも羽ばたいてゆける / 幸せに生きろ」と言い遺すくらいなら、初めから悠姫をもっと自由にしてやれよ、どこまで支配的なんですか! とツッコミたくなりました。カレシが出来たからもう未来は大丈夫、後は自由にしてくれって……一体今まで散々悠姫を苦しめてきた「令嬢教育」は何だったんですか? とにかく、本編は父娘の対立を扱うにあたって、娘の事情に焦点を合わせ過ぎてしまいました。これでは片手落ちです。実は父は悠姫を深く愛していたという展開に持っていくのであれば尚更のこと、父の株を下げるべきではないでしょう。

 長々と貶しておいてアレですが、悠姫編の本質は確執にではなくて、もっと根底に流れているもの――「絆」にあります。絆の断絶が確執を生み、そして確執が頂点に達して、絆の断絶が明確化・表面化しています。悠姫はとうとう明言してしまうのです「交渉決裂ね。お疲れ様ハンス。帰って報告して頂戴。もう父と呼ぶことはないでしょう」と。
 意外なことに、確執は最後まで解消されません。確かに父は死の間際に悠姫に一言「ごめん」と謝ったのですが、結局悠姫の出していた「3条件」(携帯を返せ、軟禁するな、好きに生きさせろ、の3つ)は受け入れられることはありませんでした。恐らく父は有栖川の人間として、最期まで教育方針そのものは間違っていなかったと確信していたのでしょう。(実施の手順で間違ってしまったのです。)渋々主人公に連れて行かれたお見舞いの席で、悠姫は父と睨み合ったくらいです。両者の主張は完全に食い違ったまました。
 絆の断絶が悲劇を生みました。世に仲の悪い親子なんてゴマンといますが、それでも親の死に目には寄り添う子供が多いはずです。両者の間に確執があったとしても、容易に絆を否定することはできないからです。しかし悠姫はそうではなくて、絆すら切れていました。いや、そのように彼女には「見えた」のです。
 本編は悲劇性をもって反面教師的に「確執を超克して、相手と繋がれないか?」と問いかけます。(「Clover Heart's」を彷彿とさせます。クロハのふたりはハッピーエンド、本編のふたりはビターエンド。どちらも少し説教臭いけど、描いているものは同じです。)父は逝き際に「ごめん」と謝り、悠姫はその後真相を知って亡き父に号泣して詫びます。もちろんこの謝罪は、確執(価値観の相違)で迷惑をかけたと詫びているのではありません。絆を維持できなかったことを詫びて、悔やんでいるのです。クロハも本作もテーマは似ているとはいえ、本作の方が強く訴えられています。バイオリンの流れるところで泣いちまったよ……

 親子なり兄弟なり、二者の見解が平行線をたどるなんて珍しくはありませんし、それで傷つくことも珍しくありません。ただ、繋がりまで否定してしまうのは不幸なことだな、と思うんです。できれば「平行線」の向こう側も詳しく知りたかったな。


 他に気になったことを3点、列記しておきます:

◆付き合ってもない女の子の頭を何回も撫でるのって、どうなんでしょう? あるいは、父の背中の感触を知らないと言う悠姫に、自分の背中を貸してみようとする主人公も、チョット変です。私ならためらいます。いずれも「父性を欲する悠姫に、主人公が応じられるチャンス」が強引に用意されているように映ります。

◆人工呼吸をファーストキス云々と騒ぐのは感心しません。本当に悠姫を大切に思っているのなら、それどころじゃないでしょうに。

◆やはりこの主人公は生真面目なんでしょうね。展望台のキスシーンを観ていると特にそう思います。私が主人公なら多分「その場の気持ち」で悠姫を追いかけてしまうのでしょうが、主人公はその場を動けませんでした。代わりに内省したうえで明瞭な答えを出しています。直情的に振舞うのではなくて自分の感情に向き合おうとする態度は、誠実でヘタレでそして繊細。翌日になって「背中を押してもらおうと」友人に相談するのは少しヘタレ。



[キャラクター]
 恋鳥 = 悠姫 > こころ > 朔夜 > とばり

 恋鳥のネチっこい眼差しが妖しげです……刃物を振り回すようなヤンデレヒロインは「いかにもフィクション」って感じで苦手なのですが、恋鳥みたいなタイプは観ていて楽しめ(?)ますね。


■2013年11月15日 書き改め。
■2014年11月10日 一部修正。評点を変更:75→70。