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えびさんのさくらテイル -the tale of cherry blossoms septet-の長文感想

ユーザー
えび
ゲーム
さくらテイル -the tale of cherry blossoms septet-
ブランド
Fizz
得点
70
参照数
1309

一言コメント

絵23+文18+音21+他08 それは、配合を間違えた、『サクラ・カクテル』

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

前作『朝凪のアクアノーツ』では、二名のライター、二名の原画による、まったく異
なる風合いの素材を、ひとつの作品の中で混ぜ合わせたような印象が強く残っていま
す。

原画:闇野ケンジは、熟した果実の濃密な甘みを感じさせる肢体を描き、シナリオ:
雪村戌は青い果実の酸味を感じさせるキャラクターを描き、それらが混ざり合って、
御伽噺ような、爽やかな甘みのファンタジックで彩られていました。
原画:水月悠は、肢体の艶やかさよりは少女たちの『少女性』を描き、シナリオ:小
野楽園は、酩酊感すら覚えそうなタブーを真摯に描き、それらが混ざり合って、背徳
の媚毒と苦味でシナリオを彩られていました。

これら二つを混ぜ合わせたものが、『朝凪のアクアノーツ』であったように感じてい
ます。

フィズ
蒸留酒にレモンジュースなどの酸味と砂糖などの甘味料を加え、炭酸水で割ったカク
テル。
(出典:wikipwdiaより)

今になってみれば、『朝凪のアクアノーツ』の作り方は、まさにフィズの作り方、そ
のものだったように思えます。

さて、ここにサクラの花びらが浮かぶカクテルグラスがあります。
このカクテルは、気持ちよく私を酔わせてくれるでしょうか。


映像面・・・
原画は3名で分業しているようですが、前作ほどは、原画の画風に差は無く、ある程
度の統一感はあったかと思います。

前作では、キャラ造形は今ひとつながら、小物を含めたデザインセンスの良さが光っ
た、水月悠氏。今作でも、そのセンスの良さは損なわず、安定感にはやや目を瞑ると
しても、全体的な画力には向上が見られ、なかなか、魅力的な原画家になって来たと
感じます。
かん奈氏は立絵での表現がもうひとつながら、一枚絵での表情付けに良い味がありま
した。ただ、『何処かで見たことがある』画風であり、オリジナリティには欠ける印
象は残ります。
綾風柳晶氏の絵は、他の2名と比べると、やや見劣りしてしまいます。

3名の原画が、三者三様の活躍をしているとまでも言えず、完全にバランスが取れて
いるとまでも言えず、複数原画である意義はあまり感じられませんでした。
このブランドは複数のモノをミキシングすることを、意識的にやっているように思い
ます。
ですが、それは水と油のように、混ざり合おうとはしません。
前作は、それも面白さであったのですが、今作の場合、どうにもそのメリットが感じ
られず、ただ、素材を寄せ集めただけに成っている印象が否めません。

それは、極力、担当原画の異なるキャラクターを一枚絵に収めないようなシナリオ展
開が用意されている部分からも感じられるでしょう。


シナリオ・・・
原画同様、ライターも分業制のような気がします。
そして、原画同様、担当の異なるキャラクターをひとつのシナリオで深く絡ませない
ような作りになっています。
前作は、まだそれでも良かったのは、明らかに方向性が異なりながらも、それぞれに
それなりの魅力があったからではないでしょうか。

今作の場合、各シナリオの方向性には、ある程度の統一感がありました。そういった
面で見れば、複数ライターのバランスや調整が上手くいっていました。
ですが、二つのルートだけは、アフターパートで、あまりにも意外な展開へと転がっ
ていきました。
みかげルートでは、あまりに急転直下な展開ながらも、過去のエピソードをしっかり
と盛り込んでおり、であればこそ、その後の未来をもっと描いてほしいと思わされま
した。
謎を多く残した朋乃ルートは、『未完成』と言われていますが、私はこういう余韻の
残し方は嫌いではありません。とはいえ、あまりと言えばあまりな展開でもありまし
た。
一方で、そういった変化球に頼らず、ドタバタしてもハートウォーミング路線を選ん
だ、文月ルートは良い印象を持ちました。
リディ、凛子、郁子ルートは、どうもキャラクターに頼りすぎてしまい、シナリオ自
体に味が足りず、内容がもうひとつだったかと思います。


フィズ
蒸留酒にレモンジュースなどの酸味と砂糖などの甘味料を加え、炭酸水で割ったカク
テル。
(出典:wikipwdiaより)

『濃密な桜のリキュール』も、『強い酩酊感に誘うスピリッツ』も、シェイカーで振
られる度に、クラッシュアイスが角を取り去ってしまい、そして、『ソーダ水』が残
った風味すら希釈してしまったような……。
そんな風にして、素材本来の良さを余韻として味わうのも、カクテルの楽しみ方かも
しれません。
ですが、『濃密な桜のリキュール』の強い風味に気を取られたのでしょうか……
『強い酩酊感に誘うスピリッツ』の分量が少なかったのか、あるいは『ソーダ水』の
分量が多かったのか、あまりに薄味な、このカクテルは、私を気持ちよく酔わせては
くれませんでした。

件の変化球を無くし、『スピリッツ』のほろ苦さを和らげ、『桜のリキュール』の甘
さと風味を強調しながらも、『ソーダ水』の爽やかさで、口当たりの良いカクテルに
してみても良かったかもしれません。

そして、前作に魅せられた私としては、『小野楽園というスピリッツ』ならば、もっ
と強いインパクトで、眩暈がする程に酔わせてくれることも出来たのではないかと思
ってしまいます。
この作品で、ビンの底に残っていた、『小野楽園という銘柄のスピリッツ』は使い果
たされてしまったのでしょうか。

美味しくなかったとは言いません。けれど、バーで二杯目を頼むほどのモノでもあり
ませんでした。


音楽/声優・・・
挿入歌である『わたしのつばさ』。
ありがちなアイドルポップスでありながら、アレンジのキーボードがテンポよく、
「今、飛び出そうよ、Faraway」という、驚くほど『ベタ』『ありきたり』なフレー
ズが、妙に心地良く感じられたりも。
音楽にも『王道』があるという事実の再認識と、ポピュラリティーの持つポテンシャ
ルは、そうそう侮れないなーと、ちょっとばかり感心したりもするのでした。
他の歌モノも、爽やかで印象が良く、ほんのちょっぴりの電波成分を加え、なかなか
良曲であったように思います。
BGMも作品の雰囲気を上手く演出していると思います。
ただ、やはりシナリオの変化球が中途半端なので、変化後に映えるBGMが少なく、BGM
のトータルでの印象を見れば、シナリオと共倒れになってしまった感があります。

特に目新しさのない声優陣。
奄美みかげ役の風音ですが、この人の声がここまで印象深く焼きついた作品は、過去
に記憶がありません。ハマリ役だったように思います。
美和文月役のまきいづみ。この人の声は、『甘ったるい』という代名詞が常に付きま
とうわけですが、文月のようなナイーブな一面を持ちながらも強いヒロインの役をや
らせると、見事に惹きつけられることも、しばしばあるわけです。