ErogameScape -エロゲー批評空間-

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一言コメント
「……こんなのいやだよ。だって、死んでいなくなることがみなはじめから決まっているのだから、生き物はどんな風に生きようが、みんな不幸で可哀想だってことでしょ。だったら、世界なんて、狂ったピエロが作った出来損ないのおもちゃみたいに最初から壊れているんだわ」(中略)「シウ、よく考えるんだ。死というのはいつだって僕らに重要な示唆を与えてくれる。普段僕らはいろんなまやかしに誤魔化されているけれど、死に触れた瞬間、はっと気がつく。世界に切れ目が入って、そこからドクドクと血液が流れ、ここが生やさしいだけの場所じゃないってまざまざと思い知らされるんだ。それは過酷な現実かもしれないけれど、でもそういう場所だからこそ輝いて見えるものもある」『BLACK SHEEP TOWN』謝筱喬、謝亮。――――無垢な幼子の如く性懲りも無く栄養を望むがまま受け取り続け、満腹になる事すら知らぬまま只々『世界』を掻っ喰らっていたあの頃。いつからだろう? そんな狂おしい程愛おしき物語で満ち満ちている筈の場所に失望を覚えるまでとなったのは。いつからだろう? 触れる話全てに退屈を覚え「もう少し真摯に取り組んで欲しい」と不満ばかり浮かぶようになったのは。初報から5年の間で世界は目まぐるしく変化した。未知の病原体が流行し、メディアは日毎に罹患者数及び死亡者数を報道にて発表し続ける。緊迫を抱えながらも何とか日常を維持し続けようと努力し続けた世界情勢だったが、その歪みは日々の経済活動の中でこそ隠し切れず散見される皮肉な話と相成っている。今日なんて元内閣総理大臣が銃撃による暗殺で死亡した。僕達が暮らしてきた「世界」と言うものはいとも簡単に覆される。それは少しずつ少しずつ影の状態で日々の形を侵食し続け、気がついた時には最早取り返しのつかない状況にまで追い詰められる。僕はこの5年の間でその事を充分に噛み締めていた。全てに等しく「死」が訪れる当たり前の世界で僕は、偏に自身の感情が「死んでいない」事を確かめていた。『世界』の只中にぽつんと佇み、焦慮を人知れず覚えた感情は『物語』に対してある種狂気的過ぎる姿勢へと様変わり。ハードルだけが高くなりながらも、偏に追い求めていたのである。諦観の絶望へ浸りそうになりながらも、懸命に生き続けた『世界』の中で……偏に追い求めていたのである。そしてだからこそ此処で言いたい。「漸く……漸く、巡り会えたよ」 これが僕の求めていた物語『BLACK SHEEP TOWN』だった。序盤だけ読んだらば、良く言えば王道、悪く言えば在り来たり。『ゴッドファーザー』も斯くたるやと言わんばかりの切なきギャングストーリー(ソニー・コルレオーネ役のジェームズ・カーンも一昨日息を引き取ったらしい。今日のニュースで発表されたけど、何だか不思議な因果を感じるなあ)に見えるだろうが、読み進めて行く内に事態の様相は『群像劇』と言う形で二転三転如何様にも転進し始める。サイキックを持ち合わせた「タイプA」や、優れた肉体能力を有し続ける「タイプB」と言ったミュータントの横行。若い女性ばかりを狙う連続殺人鬼「コシチェイ」の存在。そして瀬戸口廉也と言う個人が描く『人間』の主張と、思想に満ち満ちた生き様の数々。これらが全て折り重なって生まれた『世界』は、ただ単に「面白かった」と言う言葉のみで片付ける行為を赦さない程、重厚且つ深遠に満ち満ちた舞台「Y地区」の全貌を描き上げていた。幼馴染である美美の結婚式という名目でY地区へ帰る事を余儀なくされた謝亮を筆頭に、彼の親友且つハイブリッド能力者の見土道夫。Y地区内最大のギャング組織「YS(イーシェン)」の頂点に君臨する余命僅かの父、クリス・ツェー。生まれつきのタイプBでありながら、病弱な身体と繊細な心を併せ持つ妹、謝筱喬。ゴミ処理企業シオクリーンの令嬢にして、謝亮が最も懇意にしている少女、汐松子。彼女の父、シオクリーン社長、そして研究者の顔も見せる寡黙な男、汐健慈朗 etc……多種多様な登場人物が重なり合う連鎖爆撃交差点にて、齎されし血と暴力の物語。それは死臭を肌身に感じさせながらも、不思議な事に確かに僕の心の中で「生」への高揚感を肌身に強く感じさせた。人間はいずれ死ぬ事が分かっているからこそ、自分の人生を大切に、掛け替えのないものとして享受出来る。それはきっと、この数多溢れる「死」に覆い尽くされた『世界』で最も大切な指針と成り得る筈だ。その時生じた感情は、正しくその時にしか芽生えない。その時抱いた感情を感受し、銘記し、伝達し、生まれた感情を遺したく思う。焦燥感の右往左往で、押し潰されそうに成り果てていた心を本作で目出度く昇華させたい。そんな戯言を切に思えた『BLACK SHEEP TOWN』体験版だった。当たり前のものなんてものはないから。愛おしく掛け替えのない全てがあるから。そう思える気持ちを大切に。そして強くこの眼に惹きつけられた発売予告最後の「笑顔」に『愛』を込めて。9月のその日を楽しみに待つとしよう。P.S. 本作は女性キャラが本当に少なく感じて、エロゲプレイヤーとしてはちょっと驚いたんだけど、しかしだからこそ読んで思ったんだ。どうして瀬戸口作品の女の子と言うのはこんなに可愛らしいのだろう。貞淑な理性精神から成る温かみに溢れし献身性を心中に宿しているからか。自らの意志で勇気ある決断を果たそうと動いた、確かな人間味も併せ持っているからか。人間の誇り。美しき光景。心が深く沁み入ってしまう。そしてだからこそ、彼女が殺されでもしたら……慙愧と悔恨混ざり合い不透明に咽び喘ぐ悲憤慷慨惆悵の心が、この世で強く強く僕の中を喚き続けるような気がして、耐えられなくなるような気がして、今から何だか偏に怖い(登場場面そんな多くないのに、そう思わせてくるのは不思議だね)無病息災。平穏無事。愛おしき「普通」のままで彼女が生きていける世界を祈り願い奉る。アーメン。「人の為に生きたい君と 自分の為に生きたい僕 合わない歯車が回っては軋む音 そんな風だった、二人の笑い声」
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soulfeeler316