gggrrrさんの「SeaBed」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

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85SeaBed
深く深く、美しく澄んだ海底のごとき場所で、2人。
この「sea bed」はとても静かな物語です。全体を通して起伏というものがほとんどありません。それは話の展開についてでもあり、キャラクターの心情についてでもあります。手に汗握るアクションや、寒気のするようなサスペンス、薄暗い感情を誘う愛憎劇といったものは一切なく、ただただ淡々と、そこにある風景を描写する展開に終始します。

物語の主な登場人物は3人。佐知子、貴呼、楢崎の主観で物語は進行します。そして誰の視点の時であっても、劇的な展開というものはなく、3人のうち誰かひとりでも心情が大きく揺さぶられるようなことは起こりません。ただひたすらに日常が流れ、その一挙手一投足を詳細に書き出されていきます。

山道に重なる落ち葉の積り具合。遠くに見える池の光の反射具合。中庭の花壇の花の種類。診療所のお風呂の趣、旅館のロビーの懐古趣味。食堂での夕食の内容。図書館やテラスの光に入り方。そうした、他の話では端折られる描写を丁寧に、そして淡白に書き連ねられます。

なので全編を通して、物語に「波」というものがありません。一般的な物語にある「緩急」というものがない、まさに表題の通り「sea bed」、例え海上では波が荒れ狂っていても、海の底はただただ静寂だけがあるように。

そうした物語であるために、読み手を選ぶ作品になっています。しかし、合わない人はおそらく体験版時点で読むのを止めているであろうから、この作品を終えた人は、総じてこの作風が合った人、ということになるかもしれません。


この話はジャンル分けするならば「百合」ということになるでしょうが、私はこの話を「百合」ものであるとは思っていません。これは「百合」というものをどう定義するかという問題になるのですが、私の認識としての「百合」は「女性同士の恋模様」を指します。

女性同士でありながら、恋愛感情を抱いてしまい、それ故に戸惑いながらも想いを告げ、そして結ばれたり結ばれなかったりすることを、私は「百合」であると思っています。

それに対してこの物語の主役である佐知子と貴呼はどうか。私に認識で言えば、この2人はすでに「恋」という過程を遥か昔に終わらせており、互いのことを「不可分」の存在であると思っています。

貴呼がいない佐知子は佐知子ではなく、佐知子がいない貴呼は貴呼ではない。そこまで自分の存在に食い込んでいる存在は、もはや「恋愛対象」という段階を超えたものです。それほどまでに佐知子は貴呼を、貴呼は佐知子のことを想っているのです。

自分が生きていく上で、この上なく必要な相手が女性であった。この2人が常に共に在った理由はそうしたものであり、当たり前の「恋愛関係」の過程を経たのかどうかも怪しいです。おそらく経てはいないのだと思います。当たり前に一緒にいて、当たり前に大人になり、どれだけ自分が相手のことを必要とし、大事に想っているかをもっとも適切に表現する方法として肉体の交わりがあった、2人にとってはそういうことであったと思います。


なので、私はこの話を「百合」とは定義していません。では何かと言われたら、単純に「佐知子と貴呼の物語」としか表す言葉が見つかりません。


淡々とした描写が連なるからこそ、どれだけ佐知子が貴呼を想っていたか、どれだけ貴呼が佐知子を思っていたかが伝わります。

ミステリーの部分については、それほど先が気になる、ということはありませんでした。ミステリーというものは、登場人物が謎や難問に突き当たり、それに対して悩んだり焦ったりするからこそ、読み手も先の展開が気になるものですが、この話はキャラクターの誰も焦ったり悩んだりする描写がないため、あまり気にならなくなるのです。「謎はあるが、まあおいおい分かるだろう。例え分からなくても、この雰囲気を楽しめればいい」という気持ちになっていくからです。

なので、このサイトのPOVでこの作品に当てはまるものが少ないという事態になってます。かなり希少で、無二の物語です。あらかじめ定義された「属性」に当てはめるのがこれほど難しい話も稀でしょう。



話の内容について一言でまとめてしまうと、病気で亡くなった貴呼が、今際の際に語った「死後の世界」を、佐知子が作る話となります。

そして物語は、佐知子がいる現実世界と、佐知子が創った「貴呼がいる死後の世界」である夢の世界を交互に描写していきます(精神世界とも言えますが、私は夢の世界と思っています)。

「夢の世界」に登場する貴呼は、「佐知子の深層世界で造り上げた存在」ということになりますが、これは本当の貴呼でもあります。

2人は5歳から28歳まで、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、就職先までずっと一緒で、その後も2人で企業しているため、23年間一度も離れたことがありませんでした。だから、「佐知子の知らない貴呼」というものはありえないのです。「佐知子が知らなかった貴呼の一面」はありません。そしてそれは逆も然り。この2人は本当に「不可分」であったのです。

貴呼は自分の死期を悟った時に、『死後の世界があるのなら、神様なんていうどこの誰とも知らない存在が創ったところより、佐知子が創ったところが良い』と遺しており、佐知子はそれに頷いたのです。だからこそ彼女は深く深く、海底のような静かな場所で考え、そして創っていたのです、「貴呼が安らげる死後の世界」を。

人間に魂というものがあり、死後魂が行く場所があるのであれば、貴呼の魂は「佐知子の世界」に存在する、寸分違わぬ「佐知子の中の貴呼」という器と合一するでしょう。佐知子が貴呼が安らぐ世界を思い描けば思い描くほど、貴呼の魂はそこへ定着するのです。

そしてその場所として選ばれたのが、山奥の旅館をモデルにした「診療所」であり、そこの登場人物はみな佐知子の側面を表した存在でした。

繭子には、佐知子の母性的な部分と、恋人としての役割を。
早苗には、佐知子の内向的な部分と、友人としての役割を。
梢には、佐知子の理性的な部分と、被保護者としての役割を。

佐知子にとって貴呼は、もっとも愛しい存在であり、もっとも気のおけない友人であり、もっとも自分を牽引してくれる存在でした。それゆえに、自分を3つに分けて貴呼のそばに置いた。

貴呼が安らげる場所には、それに相応しい人物が必要と彼女は考え、そこにあるのは自分のような人物であってほしい、との想いも込められていたのでしょう。なんとも可愛く思えますね。

そして、佐知子が貴呼へ抱く想いの内、もっとも多い割合を占める「愛しい」という感情を担う存在である繭子は「ショートカットにした佐知子+胸が増量」という姿で顕れ、「友人」である早苗は「学生時代の佐知子+眼鏡」となり、「被保護者」の梢は幼少時代の佐知子に似た、現実にいる梢という少女の姿で顕れます。

記憶と想い出という海の底で、佐知子が創った「貴呼のための天国」。そして佐知子はそれを造り上げた後、「貴呼がいなくなった世界」でこの先も生きていくことを選びました。

そしてそれを選んだがゆえ、貴呼がいる場所は、「佐知子の深層世界」から「貴呼がいる夢の世界」へと変化したのだと思います。もはやその世界は、佐知子がこの先どう思うとも変わることはなく、貴呼が生きてゆく場所として、独立したものとなったのだと。


そして、佐知子もまた現実世界を生き抜いた果てに、そこへ行くのでしょう。







楢崎響という存在について。


3人の視点で語られる物語として、特殊な立ち位置にいるのが彼女です。彼女は佐知子と貴呼をつなぐ橋であり、現実に干渉することができながら、夢の世界にも干渉できる唯一の存在です。

彼女は佐知子が幼少時代に作られた、女医の人形を基にしたイマジナリーフレンドと呼べる存在であり、佐知子の理性の顕現でもあります。

そして、そうでありながら佐知子から独立した存在でもあるのです。私が貴呼がいる世界を「夢の世界」と定義した理由はここにあり、彼女は個々人の意識の底にある夢の部分を渡り歩く、夢の世界の住人とも言える存在ではないかと。故にそれぞれの人物によって現れる形が異なる。佐知子の世界では「楢崎響」となり、別の人物の世界では異なる形をとる。そしてその人物の精神の苦痛や悩みを緩和することを仕事としてる存在である。そんな印象を受けました。

佐知子は自分の深層意識を切り離し、貴呼がいる世界として独立させました。独立する前ならば、佐知子と貴呼の意識を繋げることもできましたが、別個の存在となってしまったあとでは、夢の渡り人である楢崎は、もう佐知子のなかに居ることは出来ません。

楢崎が二人の意識を繋いだ電話。あの短い会話にこそ、この物語の全てが詰まっていたのだと思います。23年間、多感な時期をずっと共に在った不可分の存在。そうであるがゆえに多くの言葉はもはや不要で、不可分であった存在であった貴呼がいなくなった世界でも生きていくという別離の宣言。「貴呼と共にいた佐知子」は繭子・早苗・梢として彼女のそばに置き、「貴呼と共にいない佐知子」は想い出を胸に抱きながら、これからも生きてゆくという結末。

登場キャラクターの一人である七海という女性がそうしたように、本当の自分を夢の世界の置いていくという選択はせずに、自分はあくまで現実の世界を生きていく決断をした佐知子。彼女がこの先どのような人生を送るのかは未知数ですが、その果にいくのはやはり貴呼のいる場所であるのでしょう。2人で造り上げた、海の底の世界へと。

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